07 バッファー考察
ナリキンバーグ子爵家、王都別邸。
ちょい面倒くさいが、その本邸……母屋…本屋敷の方が最近非常に慌ただしい。
理由は急遽親父様が、伯爵位への上爵の件で上京してくる事になったためだ。
本来ならば当家と王室側で事前に何度も段取りが組まれ、下手すりゃ一年越しで進めるようなイベントなんだが、今回は当の親父様ですら寝耳に水の展開だったらしい。
此方に唯一来た連絡は早馬での『何々日に到着の予定で上京する』の簡素な内容。俺はアクラバイツェ様越しにその予定日を聞いたものの、兄貴に連なる関係者へと連絡が付いたのはそれに僅かに遅れてって感じの事だったらしい。
因みに、例によって兄貴様は商談と言う事で他の土地に移動中で、管理を任される家令の方々が口から泡を吹く勢いで親父様の迎えや謁見関連の準備に奔走している。
いやまぁ、建前とは言え世間的にゃうちは下級貴族の端くれなわけで、王国全土でやるような大きなイベントのモブとして王城へ上がる事はあっても、そのイベントの主役を張るなんて機会は無いに等しいもんなんだ。
フォーマルな衣装はあっても主役用じゃあ無いわけで、生地から仕立屋の予約やら小物やらとかき集める物が多すぎるって状況らしいな。
「――で、脇役の俺も一応その準備の一端なのは良いとして、本当にフラウも参加させて良いものなのか?」
「参加に関しては当家の方針次第といったものですが、某・公爵令嬢より『是非に参加を』という招待状が届いております」
「それ実質、召喚状ってやつじゃんかよ」
本来なら明日には帰省って予定なんだが、現状それは白紙と化している。
親父様の上京は約二週間後。上爵の儀式を終えて共に帰省するにしても、出立は一ヶ月近く遅れるわけだ。
往路だけなら問題は無いが、復路に使う時間は……ほぼ無いに等しいだろうし。
「街道の整備は粗方終わっておりますので、問題が無ければ行程の二割は短縮しておりますが?」
「その問題、何かしらの襲撃対応が想定外すぎてなぁ……」
ナリキンバーグへ続く街道整備は実家の管理であまり詳しい報告は受けてないが、なんかその整備にメイド隊が参加してるとかで情報自体は流れてくる。
「後、そういやお前等も参加してるって聞いた気が?」
「ぷい?」
「……聞いたとこで答えが返るわけでもないか……」
ただいまフラウシアは登城用のドレスの仮縫いで、男子禁制の上で別室にお籠もり中だ。
数多の布地が宙を舞う場に毛玉要因も邪魔って事で、フラウの頭の上と言う定位置に居れないチャカは、消去法な感じで俺の乗っかれる所を間借り中としている。
今は……フラウと同様に俺の頭頂部に陣取っている。
何故か?
それは俺も正装の仮縫いでマネキンと化してるからに他ならない。
男と女でのこの扱いの違い。
解せぬ……とは俺自身が断じれないのが何とも。
「ま、今回の正装は本当に正装なとこだけが救いかな?」
ここんとこ毎日のように仮装カテゴリの正装ばかりだったもんなと思い出し……思い出したくないが思い出す。
仮縫い中の正装は日本の学ランというか、詰め襟軍服に近い感じのものだ。
貴族としての正装がコレっていう決まりは無いが、慣習としては自領を持たない法服系か軍属系の貴族がよく使う様式とのこと。
俺は嫡男だがまだ学生でもあるし、極論、貴族家の息子ではあるが貴族位は持っていない扶養家族でしかないわけで、それが理由のこの正装という事になる。
「……正装……、貴族としての親父様の正装はどうなるんだろ?」
ふと視線を移すと、衝立で仕切られた部屋のスミに舞台劇でしか使わないような小道具類が山積みになってるのが見える。
昨日までは無かった品々だ。だが随分と既視感を覚えるデザインの品々でもある。
仮装とか着ぐるみとか、そんな感じの記憶的に。
「ヤバいな……油断したら当日噴いて悪目立ちしそうな気がする」
十代のガキが着る分にはある意味微笑ましい部分もあるが、大勢の中年や初老の方々がそんな恰好で集まる場となりゃ、状況的には確実に昭和の頃のお笑いバラエティーである。
出オチのネタと割り切ったとしても、条件反射で笑ってしまう自分が想像できる。
謁見の間で爆笑?
それなんて死刑宣告?
…………はっ!?
これも新たな破滅フラグのパターンなんだろうか?
乙女ゲームとしては新鮮な破滅っぷりだが、そんな事態の当事者なんて絶対ゴメンだ。
こりゃ精神耐性を高めて、当日は賢者モード全開でいかないと危ないな。
精神系の魔法かー……最近は乙女ゲーム仕様の魔法や魔術のシステムを結構好き勝手に逸脱できてるが、効果のイメージしづらい魔法となると妄想もやりずらい。
俺の中の元々の魔法のイメージってのはゲームで見るものが基本なんだよな。
地球じゃあ現実の魔法は存在しないし。
マジレスの魔法の解釈は麻薬でラリった幻覚扱いだし。
だから必然的に、魔法と言えばマンガやゲームでの表現、仕様がお手本なのだ。
記憶を攫う。俺の知る〈ローズマリーの聖女〉のゲーム世界じゃ、仕様としての魔法はタクティカルかタワーディフェンス系の仕様がメインだ。
戦闘モードがRPGよりはシミュレーションに近くて、一対多数への範囲攻撃に属す攻撃手段なんだよな。
だからバフやデバフの扱いも個人相手や、ましたや自身に施す効果が想像し難い。
「想像を具現化する自由度の高さで言えば小説系の展開がソレなんだが……と言うかご都合で効果が出るとこなんかまんまなんだが、ラノベ系のやつは基本馬鹿力の大砲ばっかで参考にならんのだよね」
通り魔に襲われるようなシチュでも“僕の考えた最強ビーム”を敵も味方も撃ち合うパターンが多いしな。
〈ローズマリーの聖女〉の物語は前世の俺の奥さんから始まって、以後彼女の通っていた女子大の後輩等がエピソードを追加しまくって原形を無くす完成形が……さらに世間の誰彼の手でアレンジされまくりメジャーのゲームと化している。
ゲーム化において魔法を含む戦闘システムは、一応はバトル用のゲームとして成立するバランス調整になってたと思う。
ただし、原作の雰囲気は壊さない雰囲気に。
つまり女性が好む戦闘描写が基本だ。
少年誌の心理描写まである細かい戦闘の駆け引きは読む分には理解が及ぶが、いざ自分が書けとなったら格闘技の経験でもない限り圧倒的な馬鹿力の一撃で蹂躙勝ちといった残念な思考になるのが大勢派なのだ(情報提供元・奥さん)。
「……あ、いや。精神的に相手を追い詰める状況なら女の方が精密に描けるのかな?」
問題は、そんな展開が〈ローズマリーの聖女〉では序盤の恋人獲得戦の心理描写だけなんだけども。
心が病んだ登場人物は大勢居たが、その行動はストーカー止まり。
いわゆる“病み魔法”な展開までは無かったと思う…………あ、まてよ。
「そういや居たな。“病み”じゃないけど“闇”の魔術士」
付け加えると性格の面じゃ“病み”に近い。
いやむしろ、老害かな?
聖女相手に病む――いや葛藤する様は伝統的な歳の差恋愛を描くロリコンジャンルの。
……年齢差百歳以上でそういった表現が合ってるかは断言し辛いが。
「参照対象がマルドゥーク老……何か嫌なフラグが進行してる気がする」
「――ウザイン様」
「ん?」
精神系の魔法か魔術のサンプルに宛てはついたが、相手が相手だけに近寄りたくない現実に気分が下がる。
そんなタイミングで来たメイドの言葉に、俺はあっさり意識の方向を切り替える。
「先程からの珍妙な独り言に、慣れない者が戸惑っております」
「え? ……あ、そうか、仮縫い中か」
姿勢は作成中の3Dモデルが如く。もしくはエアな十字架に張り付けられた人物が如く。
直立し両腕を広げた恰好の俺の周りにゃ、正装の型紙取りに頑張る仕立屋職人が群がってる状況なのを忘れていた。
……と言うか、ここんとこ毎日のように仮装用の扮装……じゃなくて衣装で似たような状況が多かったので素で居ない存在と意識の外に置いていた。
プロフェッショナルは寡黙に仕事をこなすのみ。しかし、例え独り言でもこの世界とは別の理の話をブツブツやってる様の相手を不気味に思う事はあるろう。
俺の関心が来たと解った職人の身が強ばるのくらいは察せれた。
うん、ちょっと意識を自分の世界にやり過ぎたらしい。
体験してみて実感したが、物語の登場人物としか認識してない対象が現実の存在って人物感を知った途端、全く別の印象に変わるところに焦るんだよな。
お陰でその記憶の差違を調整するのに随分と意識の割合を食ってしまう。
そうしてついつい、その場限りのテキトーな対応も増えるのだ。
幸い、そのせいで現時点での致命的な敵対者は……まぁ最小限に抑えれてると思っているが、この先出会う予定の人物等にまで通じるかの不安は残る。
特にマルドゥーク。現実に百年を生きる人生観の存在に、前世と今世を合わせても追いつけない俺が対応可能かは怪しい。
「ぷい」
「いや、物理の対応は最終手段な」
どうやってんのか、後ろ脚で俺の前髪掴んでぶら下がって、顔面間近に逆さづり姿を披露するチャカ。
チャカが何を言いたいかをフラウほど理解は出来ないが、今回は肉体言語の成果でよく解る。
音速越えて射出できる額の一本角をニョッキニョッキと伸び縮みさせてるからだ。
この
なんせ全力でフラグ潰ししても、なんかどっかで別の厄介事が起きてるし。
直近で想定外のイベントが起きてるのも……潰した何かが原因でのって可能性も最近は思う俺だった。
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