06 天海の音色 (1)

 昔から、私は心の言葉と音色の言葉の区別がつかない。

 私は…言葉を覚えてからは普通に…普通に皆と話していた。でも両親からは“無口な子だ”と思われ、他の兄弟姉妹も多いことから、手間要らずな子と決められた。

 それが悲しいことと知るのは…私がもっと、外の世界のことを知ってからの話。


 心の会話は、自分や兄弟が己の足で歩ける頃までは普通に通じていた。

 ただ、兄弟たちは音色の会話を覚えると共にそれを忘れるし、両親は会話自体を自覚してないから…うったえようも無い話だった。


 それでも、身内の中ではあるていど、私との応対も慣れてるので問題は無い。家族は皆、自覚は無くとも私とちゃんと“会話”はできていた。

 だから私も、困ること無く、あの災難の日々が始まる日までは平和に、長閑に暮らせていた。


 偉くて強いという人達が暴れていた。

 私と両親は逃げるしかなかった。

 強い上に数もいる。到底敵う相手ではなかった。

 逃げるうちに同じ境遇の人達が集まり、やがては幸は多いが危険も多い森の中で村のような暮らしに落ち着く。

 でも、それも一時のこと。魔物に襲われ人の数が減るにしたがい、私たちは森の中で生きるには弱すぎる存在へと変わっていった。


 そこを救ってくれたのが…ウザインさま。

 彼は…物凄く心の言葉が多い人。彼の中に何人もの人が同時にしゃべってるようで、彼の音色の言葉はその時の出番を勝ち取った者の舞台のようで…ちょっと支離滅裂なことが多い。

 でも、乱暴で大雑把だったり。冷静に苛烈だったとしても…最後は、不思議と優しい。

 守ると決めた誰かには…ちょっと…物凄く、過保護だった。


 初めて振る舞われた食事とか。

 最初は間に合わせで適当にな感じだったのに、気づけばどんどん豪華になってて。

 それでいて、理由付けにいろいろと悪ぶってるのが…面白い不思議な人だった。


 そんな思いを抱いた時に、私はとても大きな心の声を…啓示を受けた。


『一番近くの神殿に行きなさい』


 内容はそれだけ。

 でも疑いの気持ちは浮かばなかった。啓示の中の心に伝わる部分には、それが私に良いことという意味がちゃんと見てとれたから。

 神殿の場所はウザインさまの住む町。私は初めて両親に大きな音色の言葉で伝えて、無事、私は豊穣神殿に身を寄せた。

 ただ、それが切っ掛けで近い年頃の子達皆を巻き添えにしてしまったのは、少し心残り。

 特に一番幼いモーリス。孤児のあの子は巻き添えの子達が姉や母の家族の代わりになっていたから、結果的に一緒に来ることになった。

 あの子自身は彼女にとっての家族さえ傍に居れば良いので、神殿に入るのを気にしていないのが救いだった。モーリスの心の声がそう言ってるので、それだけは確かなこと。


 神官として学ぶ日々を始めて直ぐに、私は啓示の意味を知る。ウザインさまとの再会。私の役割。

 初めての、今まで生きて、これからも生きる理由を与えられた。


 でも…同時に生きるのって厳しいとも教えられた。

 ウザインさまに仕えるのは大変。

〈神珠液〉というお薬を作るのは疲れる。血の気が引いて寒くなる。時には…心臓が止まることもあった。

 それでも、ウザインさまに仕えるのは、そういうものと思っていた。

 てもそれは、ウザインさまが望むものじゃ無かった。


 ……それを知った時のウザインさまは、怖かった。


 お顔から表情が消えて、でも心の音色は今までに無いほど荒れ騒いで…彼の魔力は神殿の偉い人を覆いつくし、正気を失わせて寝込ませた。

 その後、偉い人は半年以上を寝たまま魘されるだけの暮らしになった。


 再び、ウザインさまの過保護が始まる。

 専用の魔道具をいただいた。身体と心を丈夫にし、死ぬような目に会っても、直ぐに蘇生してくれるというもので、神殿の人達は何故か嬉しさよりも恐れの心に囚われていた。


 また、神殿にウザインさまのメイドさんたちも来るようになる。

 そして、驚いたのは彼女らたちの心の声。


「あら、もしかして貴女は、私共の会話に混ざれますか?」


 はい。メイドさんたちは不思議です。

 大勢居るのに、何故たった独りの心の言葉なの?


「貴女は…フラウシア? そうですか。“貴女も”豊穣神に選ばれた子なのですね」


 メイドさんたちは神様を知っていた。

 神殿の人達とは違い、敬う相手ではなく、同じ使命を担う仲間という意味で。

 そう…心で言っていた。




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