05 聖なる魔道 (2)

「おぉ……、では…“コレなる品”を我が麗光神殿を窓口に売りたい…と?」

「豊穣神殿のとこほど需要が出るかはまだ未知数だが、祭事の多い麗光神殿なら広めさせやすいかなと思いましてね。

 ロイヤリティは豊穣神殿を参考にしてもらう形で、特に強欲な商品展開は予定しとらんので、一つ御検討してもらえると助かります」

「それはもうっ、…して、説明された効能は神殿内で周知してもよろしいので?」

「ええ、さすがに今は神殿外まで広まっては困りますが、そちらの信徒方にはサンプル品を試用していただき、たくさんのリサーチを返してもほしいですから。

 是非、実際の体験も含めて御確かめ下さい──」



 ここは彼の男、ウザインが取り仕切る商会の一室。

 今日は彼が…豊穣神殿以外のところにも“目玉商品を”という…些か俗な趣旨のもの創った魔道具の御披露目に付き合わされている。

 なにせ、相手は麗光神殿。私の上役にあたる助祭様だ。さすがに同じ建物の中に居て顔を見せない訳にも行かない。


 わたくしは最近、この商会の逗留用の部屋を一つ貸し与えられ、はんば彼に囲われる形で世話になっていた。

 それは私が学生として彼との接点を得たのを都合が良いと、親類縁者や神殿の上役が彼との関係を親密にしろという圧を誤魔化すための…建前上の形であった。

 表面上は指示の通りに動いてる風を装い、そういった面倒な連中との接点を遮断できるよう…隔離された避難所を提供されたのだ。


 …だが、この環境は…捨てたはずの私の貴族の意識を大いに刺激して…最近ちょっと困っている。

 いいえ、困るどころじゃないですわ。

 元実家の暮らしなど比べるのもおこがましい…高貴な世界の甲斐甲斐しき令嬢のごとき生活。

 下位貴族の性なのか、それを当然と思うよりも戸惑いの気持ちが何時まで経っても消えやしない。

 …幼い頃の記憶には、元実家は王国経済の屋台骨を支える交易都市の管理者だったという自負もあったはずなのだが、今にして思えば、しがない中卸しの担当者といった程度だったのだな…と自虐の意識が強くなる。


 領地や土地持ちの貴族が何故、貴族の社会では立場が上と見られるかの一つの答えを見せられた。

 ただ大金を動かせるのが貴族の格と勘違いしていた自分が…本当に情けない。


「──ではと…効果の方は実演してもらった方が良いか」


 っと、どうやら私の出番のようだ。

 ウザインが麗光神様に合うと用意したのは、〈華陽虹かひこう〉の試作が取れた“先行”製品版。王都の麗光神殿関係者で最後の実地テストを行い、致命的なクレームが生じなければ、そのまま正式販路に乗せるということらしい。


「じ…実演、いたしますわっ」


 実物の“中身”は試作版から大きく変わってはいない。

 あらかじめ各属性に染め済みで発色しているものか、使用時に使用者が魔力を込めて、都度染める色を変えるかの大きく二種類の仕様を持つものだ。

 私の使うのは後者、色調を変えられるものになる。

 それは、少し前に使い方を教えられた専用器具に薬剤として詰められている。


 この器具は握りの太めなブラシの形をしていて、握り部分は薬剤を納めるカプセル、薬剤はブラシの毛先より染み出て髪を梳けば簡単に染め上げることができる。


 先ずは素の状態で〈灯りトーチ〉を掌の上に点す。〈ライト〉の火属性版の魔術で、松明たいまつの灯りの魔術版ともいう。

 攻撃系とも呼べず、生活魔術の一つに括られる。

 効果の程も松明と同じで、ライトとの違いは魔術でも火なので、危険な敵と遭遇した時はぶつけて火傷を負わせれるくらい。

 消費する魔力も最低で、庶民でも使えるのが多いのが利点。


 次に…と。

 華陽虹に火の魔力を込めつつ前髪をサッと梳く。

 櫛けずいた部分のみ、鮮やかな赤に髪が染まり、身の内に熱い魔力が篭るのを自覚する。

 そのまま、先と同様に魔術を放てば…トーチのサイズは三倍以上に大きくなった。


 助祭様もよく知る魔術なので、その意味は直ぐに理解したらしい。「おおおお…」と唸るように感動している。


「自身が使える属性ならば短時間での増強手段として。あらかじめ染色済みのを使用すれば、普段は使えない属性の魔術も使えるようになりますわねっ」


 …っとと。

 いけませんわ。

 慣れない“ぷれぜん”とやらに畏まって、言葉が跳ねてしまいましたわ。


 最初の頃との一番の違いは、敢えて効果時間を短時間にしたところ。

 この増強効果、もちろんそれだけのリソースを必要とする…いわば魔力の燃費を増やすものでもあるためで…初期のリサーチでの盲点で、魔力量の多い者ばかりで試したせいでの欠点でしたわ。

 一般用には二分程度。つまり中規模の魔術を二連発すれば効果時間が切れるよう調整したそうですわね。


『ブーストコンボの魔術が一回使えりゃ、当座問題も無かろうよ』


 ……そんな、またよく解らないことを言ってましたわね、あの男。


 さて、これで私の出番も終わり。私の前髪も、程なく元の色へと戻るでしょう。

 …あぁ、疲れましたわ…精神的に。


 商談自体はまだ続くようで、私は途中での退座です。

 メイド達の先導もあるので、問題は無いでしょう。


 …が、てっきり自室に案内されるのかと思えば…何故かバスルームに直行ですわ。

 あれよあれよの間に仕度が整えられて、私は猫足湯槽の中にドボン。いつの間にか五人に増えたメイド達によって強制洗浄……


 ……くぅっ、指圧混じりの絶妙な手捌きに完敗ですわ。

 …というか、これに何時も負けますのよ。この令嬢接待責めがスゴすぎて…私、遠からず溺れますわ…。


 結局、なす術もなく全身余さず磨かれて。

 気づけば三面鏡の前に座らされ、最後の仕上げにかかられる。

 こう…全身にタップリと塗られてるのって…あれですわよね、〈神珠液〉。湯上がりの気怠さが一瞬で消え去る感触はもう覚えましたわ。

 くわえて、世間での価値を知る意識が…この短い時間でどれ程の浪費がと戦かざるをえないのですわ。


 …だって、後はもう、ベッドに収まって寝るだけというのに…。


 ナリキンバーグ家は下位貴族で、成金商家出の貴族歴も短いというのに。

 不思議と普段の行為に…妙に貴族社会慣れしたものを感じるのは…気のせいだろうか?


 …いえ、同じく下位貴族の私も、聞き噛りだけの内容に照らしての確認なのですけどね。

 …ともあれ。


「ちょっ、華陽虹のマニキュア版はさすがにもう要らなくありませんこと!?」

「魔力消費の燃費は悪くなりますが、現時点では絶えず消費しきり回復時の総量拡張を目指すのがライレーネ様には良いと、承っております…主より」

「主…、ウザインに?」

「はい」

「…………解りました、わ」


 マニキュアの華陽虹には時間制限の設定も無し。

 ついでに言えば、魔術を感覚的に操作する指先に施すためか、使えばより繊細に魔術の調整も楽になる。


 …やったろうじゃないの。

 今夜もぶっ倒れるまで練習してあげますわよ!


 …というか、寝る間際までここまで飾ってって…とか。

 最初は、何時か、あいつが忍んでくるのかも…とか妄想してた自分が哀れで泣けますわ。

 まだ忘れれませんわ!

 今じゃもう、この怒りが私の魔術の練度を上げる原動力ですわ!


 ……連度…れんど……恋度!?

 違いますわよ!

 ええっ、絶対に違いますわっ!







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