26 収束 (1)
六大信仰やその神殿の成り立ち。
神様らの正体。
娘の昴が聖女の誰か…であろうな可能性。
いろいろと、この世界の実態が解ってきたようにも思うが、ちょくちょく感じる矛盾のようなものが気になってもいる。
「なぁ、ツララ。
トリシアが詩杏さんの転生した姿で、彼女の記憶を取り戻すのに合わせ世界中を動いてるってのは解った。
が、だ。彼女の行動が今の全ての起因というには…ちょっと世界の成り立ちには短くないか?」
トリシアは約千年前の人物。
ならばこの世界は千年前にできた?
そりゃ無いわ。彼女自身、既に存在するこの世界で行動してたんだし。
「……特異点・ウザイン・ナリキンバーグ。カルキノスが神の位置に就いたのはトリシアが使い魔としたおよそ900年前のこと。しかし、システム以前の魔物としては、もう千年程の前より機能しています。
この世界はその時点で創世しました。創世の起点となったのは三名の悔恨の念。
旧姓・香取詩杏、兎沙美博、音無夕姫、その三名の、自身と身内の死への慟哭が起爆剤となり、当時、三者が一番共有しやすかった〈ローズマリーの聖女〉の創作世界が雛型となる異世界を創世しました…」
誕生して二千年の世界か。
時の流れとしちゃ永いが、現実って意味じゃあり得ないほどに短い。
そこは、やっぱり物語というか作り物な世界だからってことかね。
……ん?
なんだろう。ツララの瞳が妙に悲しげな…
「こんな異世界の誕生を現実になぞらえるのは愚問でしょうね。
なぜなら、この世界の存在理由はその三者が死なせてしまった者たちの揺り篭ですから。しかも大半の者たちは、そこに留まる事を拒否した哀れな揺り篭です」
ツララは自身の手を見つめ、掌と甲をひらひらと返しながらを何度も繰り返す。
「特異点・音無夕姫は、死なせた生徒四人に途中で閉ざした生涯のやり直しを強く願い、自らの輪廻の道を閉ざしてまでこの世界の祖となった」
それはルミナエラの前世の女の話。
「ですが、四人の生徒の誰一人、彼女と共にこの世界に転生といった形で囚われるのは望んでいません。
魂は通常の輪廻の輪に溶け、棄てられた記憶の残滓のみ、音無夕姫の中に混ざり融けました」
……それは、ツララの身の上として何度か聞いたな……
「特異点・宇佐美博も同様に。
娘、昴の“死”を嘆き、己を“溶かし”、この世界の祖となりました──」
…………は?
「──死亡時、五歳に満たない昴は、純粋に生を望みました。そして純粋故に、父の遺した揺り篭に身を置きます。
望まれて転生を果たしたのは“彼女のみ”です──」
……待てよ。
それはおかしい。
「──しかし、転生先の器に問題があったのは先に述べたとおり。
起きてしまった事象を認識し、修正を施せるのは…唯一の生者である“香取詩杏”だけとなります──」
詩杏さんが…生きて…る?
いやそうじゃなくて、今の俺は、聖女たちのどれかの昴は……
…あの爆発の起きた記憶の中の女の人は…
……あの時、寝たまま動けなかった…自分は………
「まだ、思い出せませんか?
六体に分割された聖女の器の血統の一つは、南方山脈に住まう部族の祖は、後にガーネシアン公爵を名乗り、その血脈の末端にまた、ナリキンバーグの祖もいたのですよ」
“ガチリ”と、奥歯が軋む程の衝撃が頭の奥で響いた。
夜空を見上げる自分がいる。
視界の端々が眩しいくらいに揺れる灯りに照らされて、空の星々の明かりは消えかけてよく見えない。
地上の灯りは炎だ。直ぐ近くで燃えている。
炙られてる感触はある、熱いはずだ。でも、寒い。
動けない、脚が痛かった。もう何も感じない。寒い、冷たい。それだけは何故か感じた。
『スバルーーー!』
女の人の叫び声……ママだ。
直ぐに姿が見えた。
自分の上に覆い被さり揺すってくるけど…ダメ、感じない。
ママは真っ赤だ。
怪我してる。
手当てしないと。
お医者さん、いないの?
あっ、凄い振動、目の前が急に眩しくなって、ママが飛ばされて……あ、“あたし”も少し動いたかな?
空が地面になって、また空になって……車が空を飛んでて…近寄って…
また誰かに抱き付かれた。
パパに凄くハグられた。やっぱり真っ赤で怪我だらけ。
そして大きくなる車があたしとパパを…………………
……玉突き事故だった。
原因の事故がどれだったかは分からない。
気づけば車同士の押し潰しあいに巻き込まれ回避は無理で、二度目の衝突時にひしゃげて開いた助手席のドアから詩杏を押し出し、後部座席から昴を抱え出し詩杏へと渡そうとして…潰された。
悔しいが、まだ車内に身体の大半を挟んだ俺の方が軽傷と言えた。
昴は残念だが、他の車両の残骸に腰から下を押し潰されていた。
何より出血が酷い。でも俺は、車外に出る事ができない。詩杏だけじゃ昴は救出もできなかった。
救出活動が始まった頃には…たぶん、昴は手遅れだった。
その途中にとうとう引火し火災が起きる。
事故そのものは何十台もの車が被害にあっている。俺と昴への救助の手は…もう無理だろうと覚悟していた。
爆発が起き始め、自分の近くも危なくなった。そして、限界が、きた。
隣の車が炎上から直ぐ爆発。
詩杏は炎から昴を守ろうとしたが、衝撃で飛ばされてしまった。
幸いなのは、その衝撃で車体が爆ぜて、俺の身体も動けるようになったこと。
しかし、痛みは感じないが片腕はもうもげる寸前の酷さだ。片足も感覚は無い。
急激な寒気に襲われる感覚に、助からない、と直感で解った。
また爆発。宙を舞った自動車が昴の上に落ちると、これも直感で解る。
娘に覆い被さるのに躊躇はなかった。
妙に遠くから、詩杏の呼ぶ声がした……。
それきり、俺の記憶は…無い。
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