13 トリシアの足跡 (6)

「特異点・ウザイン・ナリキンバーク。そろそろ休憩を入れた方がいいと思われる」


 ツララから唐突に言葉をもらい、ふと自分の意識が何かに囚われかけていたと自覚した。

 いや、うん。“何か”って言葉を濁すのも無理だ。

 そのくらい、その言葉の含む意味は俺の中で大きかった。


「なぁ、君が言ってた……俺が暴走云々って要因は……これか?」

「………………」

「自制できるかの確証は無いが、今、ほんの少しは冷静さを取り戻したと思う」

「仮定の話は意味が無いが、私のシステムが上位であるなら、多少は心的ダメージも減らせるのだろうね」

「怒る時に怒れない精神ってのは、それはそれでダメージになるんだ。

 …………ただ、何時かは知る必要のある内容なんだろう?

 まったく知らないまま、いくら先延ばしにしても意味は無いさ。だから答えてほしい」

「……ふむ……では。近い要因ではあるが、正解では無い。私の中の香取詩杏はそう答えている」

「……これでも、まだ違う、のか……」


 ただ、読み進めれば正解には近づくのだろう。

 俺は再び、彼女の手記に目を落とそうと――


「その心的ダメージは一度時間をおいた方が良い。それが最善と判断しますよ」


 ――またもツララに押し止められる。


 ……ふう。

 まぁ、そうなんだろうな。


「不思議なもんだ。嫁さんは身内を思ってても、我が子と比べたら途端に空気な扱いになっちまってる」

「その部分に関してのアドバイスは私の情緒の要素の管轄外です。ただ……香取詩杏の心象からは同意の意思を受けとってますね」

「……はっ。やっぱり似たもの夫婦ってやつか」


 我が子。我が娘。

 手記の先にその子の名はあるのか?

 ただ、今はまだ、俺は知らない方が良いってことなんかね?


「少し、外の空気を吸ってくる」

「今日はもう、作業はしない事を推奨します」


 その気遣いは正直助かる。

 助かるんだが……


「ただ、君の時間は――」

「今さら10数時間を惜しんでも意味はありません。それに、私も先に優先するタスクが生じてるようなので、その対応に時間を使います」

「そうか……そんじゃあ、また後で」



 席を離れると途端に両脇にメイド隊が控えてくる。

 徹夜作業への対応なのか、移動中というのに妙に甲斐甲斐しい。

 ……というか、普通に手渡されたその熱々のオシボリは何処に用意してたのか?

 確かに、情報の衝撃に気疲れがドッと出て連動するように身体も気怠くなっている。オシボリでオッサン臭く顔を拭くと、それだけで少しは気が安らぐ感じはあるが。


 というか……あれ?


「なんで今回は、随分と人数が居るんだ?」


 何時もは姿を現すのは三人程度がデフォルトなのに、今回は10人近くが付かず離れずの配置で着いてくる。

 ちょっ、図書館内が一気に狭く感じるぞ?


「少々普段と違うシフトですので、不測の事態対応になっております。実動人員自体に変化はありませんで、ウザイン様はお気になさらずに」

「……人数的には変わってないんだ……」


 言われりゃ世話焼き担当は三人のままか。

 けど他のは周囲に視線をやってるだけのも居て……なんだろう、妙にピリついてく感じか。

 と、また一人増えたな。図書館の扉を開け、また一人メイドが近づいてくる。


「ウザイン様、館の玄関前にリースベル様が来られまして、面会を請われましたが。いかが致しましょう?」

「リースベルが? まぁ、丁度良いか。散歩ついでに会おうか」


 実にいいタイミングというか。

 あーでも、またダンジョン探索の依頼とかは勘弁してほしいな。

 せめてツララの時間があるうちは図書館の方を優先したい。

 が、対面したリースベルからは想定外の言葉をもらった。


「戦神様からのお告げをもらったのん。ウザ兄さんがヘコんでる。愛玩犬ポジで大いに愛でられバカ者を癒やしてくるがいい……って」


 ……戦神ぉ。

 脳筋らしいっちゃらしいが、そのドのつく直球なお告げは何とかせーよっ。

 完全にビーンボールだわ。


 まぁ、実に助かるが。

 愛玩犬と自称しつつも、リースベルの普段の態度は猫っぽい。

 不意に近づくのも一歩引いた位置取りをするのも彼女主体で、俺からのアプローチに反応するのは珍しいしな。

 ただ今回は、露骨に俺の左腕に組み付いて横抱きの姿勢である。

 無表情だが上目遣いで俺に視線を合わせ、全身で媚び売ってますの態度をとっている。


 ……うむ……こりゃ本当に愛玩犬だな。


 残念ながら、同い年の少女から感じるようなドキドキ感は欠片も無いわ。


 とりあえず、空いた方の手で彼女の頭をワシワシと撫でる。

 掴まれた方の腕からグルグールグルグールと喉を鳴らす反応が伝わって来る。

 リースベルの中にはどれ程の野生が潜んでるのやら。


「とりあえず、木陰のベンチでも探そうか。外はやっぱり陽差しがきつい」

「東南東に15m、さらに東へ5m、そこに丁度良いベンチがあるのん。バイ、戦神様より」


 ……最近思う。戦神のお告げの有難みの敷居の低さよ。


「あと、三分後にその近くでアイスクリームの屋台が立つの。魔導料理研究会の新作が並ぶと思われるのん」


 ……それは戦神からなのか、リースベルのリースベルたる情報収集の成果なのか?

 というか魔導料理とか。料理に掲げるには危険性を感じるネーミングが地味に怖い。


「まぁ、涼むには丁度良いな」


 どっちにしろ、今は嬉しい誘導にそのまま乗るとしようかね。




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