38 イビルスマイリィ・ブラザーズ
「――さて、単刀直入に言うと隣国、パーディン義国がキナ臭い」
「……聞き慣れない国名だけど、隣国、また名前変えた?」
「先月な。中身は四番目の王太子の首が飛んで、自称マタイトコが新しい国を興したの体だね。しかし管理態勢は前の国から変わらず。これでまた周辺国への借金の類は踏み倒されたというわけだ」
兄貴のボヤキで察する者は多かろう。
うち、ナリキンバーク子爵領とお隣のブロッケルズ子爵領に接する形でのさばる隣国さんの実情である。
国、と名乗ってはいるが主要な産業は山賊家業。侵略されたくなきゃミカジメ料払いなが外交という、呆れたところである。
強気に出られるうちは素直に侵略と略奪。
それで国力が下がると小規模のゲリラ活動となったり、未来の不安を煽る感じで借金というカツアゲをしたり。
それでも借金の名目だと返さなければ面子が潰れると、自国の支配体制を一新した国興しを演出して“前の国の借金など知らん”と踏み倒す的な妙な自尊心に満ちている。
それを何百年と続けているうちに、とうとう俺たち余所の国からは“隣国”としか呼ばれなくなった……なんとも、困ったとこなのだ。
ちなみに、何故“王太子”が死んで国興しな展開かというと、この王太子自身が前体制の悪政を潰し建国するための道半場…とかだったせい。
可哀想に、王を名乗る前に役立たず認定されちゃったんだね。
「向こうの伝統的に、王の資格を主張宣言するには自ら新たな支配地を確保しないと、らしくてね――」
時期的にうちの国との戦争ごっこもできず、さりとて最近は手軽に侵略できる地域も減ったのだとか。
それで足踏みしてるうちに、“使えねー奴、ハズレだコイツ”となったわけだ。
「実のところ、そうなるよう演出してたのが私と父上、そしてブロッケルズの現当主様なのだよ」
「ああ、なるほど」
そんな地下工作をしてた理由は簡単に思い至る。
長く確立しない街道周辺の安全性のため、だろう。
俺も一度使った道だが、本当に酷い環境としか言えない。
あえて無差別な脅威として残す魔物の被害は除外しといて、全く減らない野盗化する難民など、それ以外の押付けられ人災の方が面倒なのだ。
「自分達が同胞同士で戦う日常は“外の国が悪い”。餓えるのも同じ、貧乏なのも同じ、都合の悪い部分の元凶は全て外国のせい。だから全力で侵略し、幸福を掴もう。それが向こうの国是だしねぇ」
「洗脳教育、極まれり。ですかぁ……」
なんとも傍迷惑すぎる。
うちの国でこの地域を治める領主は、過去何代にも渡り隣国へのアプローチを掛けている。先ほど聞いたように支配者交代への工作をしたり、懐柔化を試みたり等々。
一度は支配者層の一掃なんて過激な事もやったらしい。
だが、ダメだった。
俺が言った“洗脳教育”がその正体だ。
隣国に生まれ、欠片でもその地の情操に染まった者は、手遅れなのだ。
後はもう、青い血とか雑草の出だとか関係せず、誰が頂点に立っても、敵は外国だ。国を率いて侵略するため、同族殺しの汚名も喜んでやろうっていう本能と化している。
思想という致命的な伝染病に侵されて治癒は不可能。
快癒の手段は見つからない。
後やれる事といえば、隔離し、速やかに焼き清めるのが賢明である。
今代の隣国担当な親父様は、とうとうその決断をしたようで。
「とうとう、というかね。父上はすでに、9年前にそう決めていたようだね」
「おや、そんな前からですか?」
「何を不思議そうにしてるのかね、ウザイン、君の暗殺騒ぎが発端だよ」
「ほーぅ…………は?」
そういや、俺が今の俺になったのがその暗殺騒動だった。
なんでも、実行犯の確保から延々その元凶へと調査の手を伸ばし、行き着いたのが当時の隣国の中枢だったらしい。加えてうちの国の貴族の中にも共犯者が多数。どれもこれも、その当時から成金っぷりを喧伝してたナリキンバーク家へのチョッカイからのトラブルだ。どんな形でもうちの商圏を支配できれば……的なゲスな欲望好きだったらしい。
もちろん、存命してる者はすでに居ない。
「――でね、隣国の焦土計画もそろそろ開始の目処が立つから、そのスタートに見合う“何か”をと私が動いてた。なのでウザイン、君のタバコを使わせてくれないかなぁ?」
「……せめて、具体的な話は聞けますか?」
「ああ、それはもちろん」
説明された。ちょっと悩む。
うん……多くは語るまい。
ファンタジー世界の解釈の違いはあるが、内容をざっくりと言えば〈阿片戦争〉の前日譚だ。
どうせ更生不可能な者しか居ないのだし、金毟り取って全員廃人にしてやんよ、と最期は少しでも外国の役に立って滅べという算段だった。
隣国の思想に汚染された者は全員中毒者に。そのために動く金を、隣国のために被った何百年かの負債の補填に充てようか、というもの。利益はうちとブロッケルズとで山分けだ。王宮には秘密。現王家の気質だと美味い汁だけ欲しいと五月蠅くなる可能性が高いから。
「しかし、ニコ中くらいで隣国の弱体化に繋がります?」
「簡単に調べたけどね、上流階級で水タバコ、後は特殊な業界で葉を直接噛む程度の利用なんだよ。向こうは荒廃地が多くて、こちらの雑草扱いのものすら稀少だからね」
なるほど、そこに常用性と副作用つきの娯楽品をバラ撒けば、ヤバいと感じた時点で手遅れって算段か。
「それに香の形で広められるなら他にも色んな効能を持つ物もブレンドできるからねぇ」
おおぅ……兄上が悪い顔をしてなさる。
が、それなら前世の知識に“イイモノ”もたくさんありますがな。
……おや、何だろう。
自分の口角が、自然と引き攣れるように吊り上がってしまうなぁ。
「では兄上。ちょっとタバコの形状を変えてみましょうか、キセルでも常備性に秀でているとは言えない面もありますし――」
さて、しばらく時は過ぎ去って……
隣国の僻地の一角で、小さな娯楽が流行り出す。
それは新式のタバコで、貴族が饗するよりも庶民に大きく喜ばれる。
特徴と呼べるのは細かく刻まれた葉が紙筒に巻かれ、咥える部分には綿が詰まった加工があること。葉がむき出しの筒のもう一方の端に火を着けて、綿越しにその煙を吸えば、たちまち良い気分になれるのと……なんとも言えない濃厚な甘みが身体に染みるというものだ。
品の名は〈
昇蛇香は格安で買える他、物々交換、日雇いの労働の対価、もちろん略奪の成果として瞬く間に広まっていく。
僅か半年ほどで、隣国に知らない者がいないほどの大ブームだ。
少々治安のよろしくない路地など、昼間の晴天でさえ霧のように視界を閉ざす煙の幕を漂わせていた。
……まだ彼等に、目立つ独特の変化は無い。
だが、時折、ある日突然、けたたましい笑いを上げて狂乱しはじめる最下層の者達がいる……そんな噂はたち始めていた。
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