27 ヒースクラフト、目覚める

 ――ふと、夢見ていたようなアヤフヤな景色に色がつく。

 そこは周囲一面厚い布で覆われた、おそらくは天幕の中だと思う場所。

 何故か顔が湿っている妙な感触に違和感があるが、今はそれよりも、自分がどうしてこんな場所にいるかが気になった。


「ここ、は?」

「ヒースクラフト、様っ、こ、ここは、学内ダンジョンへの対策を指揮する臨時指揮所です! 先日より部外者の冒険者を大勢投入した管理のために、生徒会室の機能も含め、一時的にここへと移動したのですよっ」


 私の疑問に答えたのは、もう聞き慣れるほどに覚えてしまった半妖精人の少女のもの。

 メイウィンドが私の傍らに居るのは、もはや普通のこととなってしまった。

 本来ならば、こういったサポートは副会長の彼の役割なんだが。


「副会長は生徒会室です。あそこも一応、無人にするわけにもいきませんからぁ……」

「それは、そうか」


 そう答えたが、いかんな寝惚けてたようで、どうも今までの記憶が曖昧だ。

 確かにダンジョンの対応でいろいろと指示をだしていたとは覚えているが、どこか肝心の部分の記憶が不鮮明で……?


 目の前が書類の山で遮られているのが嫌で、横に視線を流した途端に、あまりに異質な人物を見つけてしまい驚愕する。


 なっ、何故ここに、ウザイン・ナリキンバークが居る!?


 指揮所内には仮設の作業机が幾つも置かれ、誰もが様々な書類との格闘に苦悶している。

 場所は違えど、それは生徒会では見慣れた光景なのだが、その中に彼が平然と混じっているのは異常と一言だ。

 今年に入って頻繁に起きる、あの剣呑と不穏な騒ぎの元凶は可能な限り私の近くには寄せ付けないよう指示していたのに、それが何故、机を挟んではいても僅か1メートル先に居るのか!?


「あ、あのあの、ヒースクラフト様、やはり妙な曰く付きの薬品はお身体に合いませんか? でしたら、またメイが薬湯を……」

「あ、いや。いまは別に喉も渇いて……、……っ!」


 ああ、思い出した。

 ウザイン・ナリキンバーク、彼は確か、ライオンレイズのリリィティア嬢の推薦でダンジョン調査の追加要員になったんだった。

 少しづつだが記憶が戻ってきた。


 彼が挨拶に来て、その後にダンジョンへと送り出し、確か彼が置いていった部下のメイドが様々な雑用をこなしてくれて、その一環であの差し入れを……


「そうだ。神珠液!」

「は、はい。それならば今もヒースクラフトがお手元に」

「え?」


 ああ、と納得した。

 顔の濡れだ感触は神珠液のものだ。

 美容品ではあるが回復効果のある薬品でもある。ブレイクンを伝手に騎士も愛用する者が多いと聞く。我が父の横暴で充分に足りたものではないが、ウザイン・ナリキンバークが今回の参加の手土産代わりに、市場に卸さない一部を提供して、私を始め各自がその効果を実感したのだった。


 正に再生と覚醒を実感したとしか言えない効能だった。

 疲れた意識は活力を取り戻し、身体の中の壊れた部分が復活する感触を実感した。

 残念なのは、その効果が数分で消えてしまう事。しかし一人一本、使い放題の状況は各人、疲労がキツくなる都度に使い、今日の作業に努めていたのだ。

 私もその一人。ただ何だろう、神珠液を何度か使い復活した記憶があるというのに、そのあたりの部分が途中で不確かなものに変わる感覚が?


 ……そういえば、その前後に何時もメイウィンドの言葉があったか?


 ――ヒースクラフト様、お茶をどうぞ――

 ――この薬湯は目の疲れに――


 ……なんとも言えない、不安を感じた。


「ほほほっ、ウザイン。報告書が終わりましたね。では次はこちらの書類の清書タイプを。関係者への周知用です、複写は二百枚お願いしますよ」

「ええっ、今回の調査の書類だけのはずでは!?」

「私、今日の調査でもう気力MPが厳しいのです。ウザインはまだまだ余裕そうですので、いいではないですか。それとも貴方、か弱い婦女子に心労を負わせる不甲斐なき騎士なのですか?」

「少なくともリリィティア様の騎士ではありません。……が、やりますよ。ええ、やりますとも!」


 私の意識がリリィティア嬢の声に塗り替えられる。

 私よりもよほど王の覇気に満ちた彼女は、支配者として君臨する者の当然とした態度をもってウザイン・ナリキンバークを従えていた。

 まるで獅子が虎をいたぶっているようにも思えるが、その物騒な光景は非常に頼もしい。


 というか、ウザイン・ナリキンバークはあの印字の魔道具を押付けられているのか。

 あれは綺麗で読みやすい書類を作るのには便利なのだが、大量の複写を必要とするものにしか使わないという慣習があるため、誰もが使いたがらないのだ。

 なぜなら複写には大量の魔力を必要とするため。

 あれをまともに使えるのは、高位貴族の中でも魔力総量に秀でたものに限られる。必然的に生徒会や魔術士の特性持ちが受け持ち、気力の全てを搾り取られるような不快感を伴わされる。

 だからその苦悶を知る者達の間では、つい、同志誕生の場に勲等の意を表す所作さえしてしまう。

 両の掌を眼前に合わせ、数回擦りつつの“ナーマイターブ”の謎の文言。

 あの魔道具に関する謎の慣習は、生徒会に古くから伝わるがその発祥は謎だった。

 眉唾物の話では、あの魔道具を王宮から無断で永久貸与という名目で拝借してきた初代学長がその発端だというものがあるが……伝説の聖女に並び清廉静謐潔癖であったという存在に、そんな俗な一面があったというのも、真実味は無い。


 ともあれ、私の中に生じた悶々とする不安は、その原因の最たる元凶の醸す、あまりに普通すぎる人間性の一端に霧散してしまった。

 確かに、当人の外見も含め普通の学生として見るには異質であるが、その行動に噂や報告書にあるような凶人の雰囲気は無い。


 むしろ、あのリリィティア嬢にこき使われる様には同情しかない。


 今回はあの貴重な神珠液も振る舞ってくれたらしいし、彼に関しては今一度白紙から情報を精査したほうが良いのではないかとすら感じる。


 そして逆に、最初に感じていたように、私の身の回りの女性達には改めて慎重に対応した方が賢明ではと思い直す。

 特に彼女、メイウィンドは要注意だ。

 いまだに確証も無い、ただの直感でしかない思いだが……。



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