26 揺らぐ、今の現実

 微睡みかけた意識の中に――


【――神具・カルキノスへの侵食度が50%を越えました。

 現時点をもって神具の機能を一部掌握し、利用が可能になります――】


 ――そんなアナウンスが届いてきた。

 しかもアナウンスにはまだ続きがあり……


【――しかし利用に際し、現時点の表層人格体との思考接続が不可避となります。

 接続によって起こる最悪の事故は、異なる人格同士の強制融合による別人格への変容。または別人格へとなれずの崩壊、廃人化となります。

 ご利用の際は自己責任の覚悟の下、用法用量に注意を“祓い”つつ使用してください。

 また本機能は当イカロス管轄の副作用救済制度の対象外となっておりますので、重ねて自己責任の判断の下、ご利用ください】


「っ、あこぎな市販薬の取説かーーーぁいっ!」

「ウザイン様!?」

「……あ、いや……何でもない。ちょっと寝惚けかけた……と思う」

「……そうでございますか?」


 やべぇ。

 余りに馬鹿な内容すぎて、つい突っ込んでしまった。

 しかも左腕は肘を脇腹に付けて、平手のまま裏拳の要領で左隣に立つ仮想の相方の肩を張るポーズつき。

 どこの漫才スキルが発動したのか? バカなの、俺?

 いやそのバカじゃない、バカなのは脳内アナウンスの一部だけで、全体としてはかなり重要そうなもの……なんだろう?

 たぶん、だけど。


 大体の内容は、大事典の形をした神具の機能が一部使えるよ、というもの。

 その弊害として、俺とあの白い聖女、ツララと意識が繋がるというもの。

 またその弊害は、単に二つの人格が共生するでもなく、くっつき合って別の人格になりかねないな……ヤバい副作用があるかも…なわけだ。


 ちょっと、そこには恐怖があるな。

 未知の経験への恐怖ならまだ良いんだが、俺の場合、それをすでに経験済みな心配もあるから逆に怖いんだ。

 まだ転生直後で、“自分がウザインに転生した”という自覚が強いころ。

 あの時点では俺はウザインとは別の存在だと、自分を決めていた。

 本来のウザインなら“こう行動する”のを、それじゃ破滅の道だからと“俺の意識”で修正している……という部分。だが、それも9年以上続けていると、正直、俺とウザインの境界はどこにあるんだという疑問の方が大きいのだ。

 それを強く感じたのは、やはり〈ローズマリーの聖女〉の主要キャラとの邂逅だろう。

 散々ウザインじゃない行動をしたつもりでも、気づけばウザインがおちいるような物語の流れに嵌まっている事も多い。

 あのリリィティア様関連なんか、その筆頭だ。行動、状況なんか俺の知らない〈ローズマリーの聖女〉の世界観だが、あの女の手下扱いって関係は徐々に強くなってる気がしなくもない。

 幸い、大量増殖した聖女たちとの関係で致命的に敵対って印象はまだ薄いが……推定二名とは状況的に怪しいとも思えるのだし。

 やはり、いまだにこの学生生活を無事、破滅回避で終えれるかの確証は無いんだろう。


 だがしかし、その内一名、ツララとの接点は、今こうやって随分と太くはなったのか?

 心と心が通じ合うくらいに……いかん、なんかまだ意識が漫才モードだ。

 というか、こんな親父ギャグな思考ばかりしてたら確実に老ける。

 今の俺は14歳のび……は無い、無難な青少年。

 背丈は大人並みで枯れ木みたいに痩せてはいるが、イメチェン狙って爽やかや表情を心掛けるも、何故か悪巧みしてそうなニヤリ笑いに修正食らうけども、身も心もチェリーな純真さでユニコーンにすら乗れる資格有りな青少年なのだ。


 ……しかしあれだよな。

 処女しか乗れないってのは清純性を感じるのに、童貞しか乗れないってなると途端に残念感が増すのは何でだろう?

 でも確か、ユニコーンの伝説の深い部分はそんなやつ。

 別に処女の少女限定で選り好みする変態馬では無い。

 強いて言えば、無垢な少年少女限定で選り好みするペドフィリア変態馬?

 いやいや、“ぴゅあ性”さえありゃ二十歳越えても四十路に至ろうとも資格はあるのだからペド呼びは不遜か。


 ごめんなさい、変態馬。


 でも近寄る年代層には注意がいるだろうね。

 下手に御年輩の方々に好意的に接しようものなら、その人に対し世間体の悪い風評被害を誘発するし。

 最悪、相手に逆上されて討伐されかねないしな!

 証拠隠滅。死人…もとい、死んだ馬に口なしだなー……。


「あの……ウザイン様?」

「あれ?」


 やばい、また何か奇態ってたらしい。

 普段は冷徹無表情のメイドが非常に困惑してらっしゃる。


「ああ、すまん。……やはり、初のダンジョンは印象深かったのかもしれないな。休もうとすると妙な感情が湧いてくる」

「……そう、でございますね。特に今回のような特殊な例は、初めての体験としては異常でしょうし……」


 うむ、異常とはっきり言われたかぁ。

 まあ異常だよな。俺もそう思う。

 事前の情報は前世のゲーム経験の部分だけだが、普通は最初のダンジョンから異常な展開は無いもんだ。

 だって、“普通”を知らなきゃ異常事態って認識も成立せんし。

 12話完結、総時間300分程度の物語の主人公じゃあるまいし、異常ばっかりな寿司詰め展開じゃ、ただの最凶インフレ天井知らずだ。

 最強チートをいくら振りかざしても、それ以上の最強な敵に苦戦して“まぁそんなもん?”な印象しか回りには伝わらないだろう。

 実際、立場的に主人公たり得ないのにMPな魔力量に関しちゃ確実にチート域な俺も、いくら異常さを披露しようが成功とは程遠い着地点しか踏めていない。


 ……あれかなぁ。

 いくらステータス的な最強を得ても、何か“フラグ”的な部分を逃すと一発即死のクソシナリオが存在するのかな、この世界の摂理的に。

 と、なると――


「やっぱ、繋がるしかないのかね。この世界を俯瞰する側の神具しろものとやらに……」


 またもメイドに訝しげな視線を貰うが、今度は答える気は俺に無い。

 だから通じないを承知で寝たふりだ。



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