10 第四の聖女候補

 図書館の一件から三日ほど経過。

 俺達が普通の学生生活をしている間にメイド隊が頑張って調査報告できるだけのものが揃った。

 今回は第四の聖女候補。〈伝承神ノベル〉神殿出身のツララに関するものだ。


 ツララ・ミヤモリ・フジフォンテは、コッパー王国とは無縁に等しい東域の地に生まれた。その地の王の娘であったが、支配者階級で白髪の子は忌み子な扱いのようで、現地の伝統に則り土着神の巫女として奉納された。以後はひっそりと、浮世の些事には関わらない暮らしを過ごしてきたらしい。

 それが変化したのは、彼女が八歳の頃。


 奉納先の土着神は伝承神ノベルの変性神格だった。

 地球の例で例えるならば、ギリシャ神話のポセイドンがローマ神話でネプチューンと呼ばれるようになった感じだな。根源的な存在としては同じなのだが、崇める側からは別の神と認識されている。

 俺の前世の意識ではインド神話のインドラが仏教の帝釈天への変化も印象大きいか。この二柱の原典が同じとか、並べて見てもそうそう納得できないしな。


 ともかく、傍流ではあってもツララは伝承神ノベル経由のネットワークで聖女候補に選ばれ、孤立無援で遠くコッパー王国へと移された。

 だが彼女にとっては、この機会があらゆる意味で大きな転機になったらしい。

 現地の巫女の扱いは、いざ天災が起きたとしたら鎮守の生け贄にするような感じで、殺す時までは生かしておこうというものだったそうだ。だから話す必要は無い、学ばせる必要も無い、人の扱いをする必要が無い。正に飼い殺しの状態に等しい。

 それがこちらの神殿関係者には悲劇としか写らなかったのは幸いか。

 ツララには伝承神神殿の神官たちによる結構本腰を入れたリハビリが施されたらしい。ツララが12歳になる頃には、普通の王国人と言えるくらいに普通の人格をもつ少女のものに治せたようだ。


 そして、正式に神官の洗礼をした時に彼女の聖女性は決定的になる。

 例の大事典、伝承神の神具となるカルキノスの顕現だ。

 伝承神の神殿ではツララこそ復活した聖女なのだと、確信したようだ。

 時期を同じくして各神殿に聖女を欲する動きが……まぁ、うちの実家のせいなんだろうが巻き起こり、これも伝承神の思し召しと納得したのだとか。


 なんでも伝承神の神格は、知識を集め、また広める。またその知識で過去を知り、未来を見透すと。明言は無いが時間を超越するような感じらしいので、関係者にはツララの登場は伝承神の予知なのだと認識されたっぽいな。

 何故学院にというのは愚問だ。

 そして長く正体が知れなかった理由も解った。


 これ以降は、メイド隊の情報に加え、俺だけが得たものを含む。ソース元はあれ。なんか知らんうちにカルキノスに対して行われているハッキング機能の成果だ。

 侵食率は現在35%。役立つ内容かはまだまだ微妙なとこでもある。


 さて、生き人形みたいな感じから人として行動できるまで復活したようなツララだったが、実のところ中味は空に近いまま、人の振りをして動ける人形になったというのが正解だった。

 理由は、彼女の周囲がそう望んでいたからというものだ。

 ツララの限りなく空虚な中味は、そう反応するくらいの精神構造しかもっていない。

 人の意識というより意志の形を模倣してるAIみたいな感じだよ。

 神具カルキノスは、彼女の空虚な精神を埋める補助具として贈られた。

 どうやらノベルという神様は実在するらしい。あれはツララの意志の模倣行為を、やがては本物にしようとする彼女のためだけの神具なわけだ。


 機能はより人間性の高い反応をツララに伝え、彼女の身体で行使する。そのために膨大な過去の知識を内包し、それが彼女の記憶の代行もしている。

 ついで神格の傾向かね、今現在の未知の事態を常に監視し、調査、記録する事が本能のように機能もしている。


 俺がカルキノスに接触されたのもその機能だ。神具のもつ高位の鑑定魔術のようなもので調査されかけいてたというわけだ。

 たぶん、俺だけじゃないんだろう。ツララが見た対象は余さず鑑定され、記録される。それがツララのいる環境の情報として精査され、ツララがこの世界を認識する情報源として蓄積される。

 それが彼女自身の意識にどこまで作用してるのかは……まだハッキングも済んでないから解らないな。


 ……というか、まぁ。

 俺が出会う聖女候補は個性的を越えた感じの者ばかりだが、今回はまた別格だ。

 身体は生身、心はロボとかどんな需要のキャラなんだか。


 この聖女は……とりあえず保留でいいよな。

 少なくともカルキノスのハッキングが完了して、ツララという存在を把握できてからの方が良い。

 その方が楽そうだし。



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