11 定時報告と一つの推測
「ウザイン様、確度の低い情報ですが〈水竜神〉の聖女候補に関してご報告があります」
自室でただ一人の貴重な時間。
メイド隊の空振り続きの提示報告で、暫くぶりに実のある話題が届いた。
フラウは就寝前の身支度で入浴タイム。このタイミングで聖女候補の話題となると、ちょい不穏な感じなのかと予想する。
「先日の〈伝承神〉聖女候補と頻繁に接触する学生の情報がありまして――」
穏便な言い方をしても学内ボッチ、悪い言い方をするなら図書館ニート喪女生活を貫くツララと交流のある学生となれば……まぁ、怪しいな。
対象はメイウィンドという女子学生。しかも王国では珍しい異種族の妖精人。
「王都の西領域と隣接する形で存在する大森林が妖精人の生息地なのは御存知かと思われますが――」
……いえいえ、知らんですとも。
俺が知るこの世界の有り様は〈ローズマリーの聖女〉で語られる設定が基本。そして貶すつもりは無いが、どんなに壮大な背景の世界を演出してもやってる事は男女の脳内花畑な恋愛ストーリーなわけで。
しかも作者交代の度に後付けで生えたり消えたりとコロコロと変わる世界観は、どんな読者も理解の匙を投げた混純世界なのが真実だった。
未来も過去も歴史は勝者に創られる。正にそんな感じ。
聖女が誰とくっつくかで、将来の展開が変わるif話は良いとしても、その影響で“10年前のある事件の真相は”とか“300年前の○○の真実は”とか、下敷きにする設定すら改変されるのが〈ローズマリーの聖女〉。
……いやまぁ、珍しくないっちゃ無い物語の手法ではあるんだけどね。
けど、全てのパラレル展開はさすがに暗記できねーのも当然なわけで。
「――妖精人は森の奥に隠棲し、ここ80年あまり人里に下りた記録もございません。冒険者として見かける者達は太古の混血で生じた先祖返りですので、件の妖精人も実は亜妖精人、ハーフエルフという可能性が高いかと」
ハーフエルフは人とエルフの混血って設定は定番。この世界でもその設定は活きてるらしい。が、一般的なのは直接的な二世じゃなくて、人同士の家庭から隔世遺伝的に生じる“
そして、露骨に外見の違う子は不和の元。夫婦間の浮気説、理解不能な魔物の仕業説、とにかく暗い想像をかき立てて不幸な状況の元凶へと変わりやすい。
「つまり、メイウィンドの背後関係は特定し辛いとしか言えないわけか」
「申し訳ありません」
家庭ばかりか、その子の周囲を巻き込んで不安しか生まないチェンジリングの亜妖精人は、大概が捨て子になる。奴隷として売られる場合もあるが、迷信が強い地域じゃ売るより処分の方が可能性は高いらしい。その方が親たちの精神の安定を得られるから。
「しかしメイウィンドは生きて、しかもこの学院で学生をやれているわけだから……神殿が引き取って神官になった可能性もある。で、いまこの時期に神殿関係者が学生してるならば、聖女の可能性も高いというわけか」
「御意。そして彼女は、入学早々に生徒会活動へと参加し、会計の役職に就いてる事実は確認しております」
「……え? それはー……ちょっと推測のしようの無い情報だな」
俺が漠然とした仮定で考えてたのは、メイウィンドがフラウシアと同様に数奇で幸運な運命を経て聖女候補となったというもの。しかし神殿関係者が貴族社会の将来の中枢の中へ食い込めない異質な勢力の出だという壁は覆せない。
学院内もふくめ、貴族勢力と神殿勢力は対立関係なのだし。
俺とフラウの関係はあくまでイレギュラー同士だからこその成立してるのだ。
クズな成金の名ばかり貴族家がまた貴族社会を貶める悪行をしてるよ的にな。
あ、でも他にも例外はあるのか。
しかも王道な展開で。
聖女の攻略対象筆頭である、王太子ヒースクラフト。
彼を攻略する流れで聖女は生徒会入りをする。どんな非常識な流れでも、それを正当化する強制力が、この世界には存在する。〈ローズマリーの聖女〉という物語を成立させるために。
……ゲームとして遊ぶ状況なら笑って流せる超展開かもなんだが、現実として体感すると、その理不尽さに胃が痛くなるな。
チマチマと予測と下準備する苦労を全て台無しにされる感。なんか人生が虚しくなる。
今は仮定の話としてだからこの程度のショックだけど、もし事実として認めちゃったら、とりあえず一回、この世界を更地にして自分の帝国でも興そうかな気分になりそうだ。
「まぁ、メイウィンドの情報集めは継続してくれ。聖女なら六大神の残りの二柱、〈水竜神〉か〈天光神〉なんだろうし、その関係者から攻めれば実のある感じかもだしな」
「承りました」
久しぶり世の理不尽に苛まれた気分。
メイドも下がらせる。少し独りの世界に埋没したいよ。
ストレス解消に、つい作ったばかりのキセルに手が伸びる。
キセルを作るならついでにその周辺アイテムもと、
煙草盆とは、時代劇なんかでキセルを使う時の灰皿扱いな小箱の事だ。
外見は様々で、木製の
俺が作ったのは長40×短20×高さ30cm程度の木製の小箱。
上蓋を開けば灰を敷いた火皿と吸い殻を捨てる壺が現われる。深さは高さの三割ほどで、下側の七割分は縦に二段の引き出しにしている。上の引き出しはタバコ入れ、下の引き出しは雑貨用。
外観は前世の記憶で似せただけだし、本当の仕様などは良く知らない。この世界じゃ正解の解らない中途半端な模倣品だ。
チャカの一件もあり使うの気の無い小道具扱いだったが、あればやっぱり手が伸びるのも不思議なところ。
念のため周囲に煙が散らないよう魔力結界の強度を上げて軽く一服……本当にストレス解消のプロセスになってるか怪しいが、今は前世のルーティンにも頼りたい。
「――ふぅ」
やっぱ若い身体には刺激が強いか。
香りと共に僅かなニコチンが肺を刺激する感覚が強い。
変な例えだが、毒が身体を侵す刺激に対しての魔法的な自浄作用で活性化してるのがよく解る。
考えてみりゃ今の俺は常時過保護に結界で守られた状態だし、五歳以降は意図的に怪我しようとでも思わなきゃできない状況だった。
こうして自覚できるダメージへの反応も久しぶり。なら覚醒した反応の新鮮さを感じるのも久しぶりというわけだ。
そうだなー……普段がスリープモードのPCなら、今は起動してセルフチェツク中のちょい興奮って状態か。
感覚がゆるい意識とは分離して、随分と攻撃的な雰囲気になっている。
このアンバランスさを自覚してるから安心できてるという、なんとも不思議な……、ああ、俺以外の誰かには危険かもしれんから、下手に近寄らないようにはした方がいいか。
……近寄らない?
いや、近寄らせない。危険だから。この攻撃性を増した感じの魔力結界は。
……あ、何となく理解した。
チャカがなんで、俺の使い魔になったかの流れ。
俺に懐いたまでの経緯は今以て謎だが、とにかくアレは俺の魔力結界内に居た。
その時点で排除対象になってなかったのは、俺が無意識にでも愛玩動物とか認識してて攻撃対象から外してたからだ。
しかしその状況で俺がキセルをふかし、一瞬でも今のような変化を起こした。
チャカにとっちゃ恐怖だったろう。自分の周囲が一瞬で、抗いようもない攻撃性を向きだしにした魔力で満たされたのだ。
魔物に野生動物の本能があるか疑問だが、敵対したら即死の状態でやれる生存への本能は理解できる。完全な敗北宣言、恭順の態度だ。例えそれで捕食されても従う意志。この場合は俺の魔力に支配される行為と結果。それが使い魔というシステムか。
……なるほど、なら魔物の側からの魔法的行為って解釈も納得だよな。
今思いついた仮説なんで正解かは知らんけど、俺自身は納得した。
そこらへん、後でチャカの意識と答え合わせでもしてみよう。
ちなみに、チャカはすっかりフラウのペット扱いなので、今は彼女と共に風呂にて洗浄中……のはず。意識の連結とか……しないぞ。そんな地雷は踏んでたまるか。フラウにバレなくてもメイド隊には絶対バレるし。
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