間章:たれそ知らぬ者達の…
01 吠える方々 (1)
王都内、外縁区画。冒険者ギルドの一室にて怒号による応酬が行われていた。
「――だから何度も言わせるな! 速やかにランク上位の連中への招集通達だ! “闇の魔神”の出現報告だぞ! この国の保有戦力じゃ対抗しきれんのだ!」
「じゃから無理だと言っておろう! ダニングス、お前がそうであるように、ランク上位の連中は大概が何処かの国の紐付きじゃ。仮に緊急招集を出したとしても、出国と入国の手間で次の季節を迎えちまうよ! それこそ、この地が魔神のせいで焼け野原にでもならん限りにはな」
怒鳴り合う片方は冒険者ランク四位の資格をもつ男、ダニングス。
コッパー王国、王立トリシア魔導学院にて教師を兼任し、つい先ほど学院内に保有するダンジョンの異変の情報を持って、ギルド支部に駆け込んで来た。
いわく、ダンジョンの最奥に封じられた闇の魔神の復活の情報を携えて。
対して、コッパー王国の冒険者ギルドを預かるギルド長ギルバートは、ダニングスの話を信憑性薄いものとして対応していた。
別にこの男が平和ボケした老害というわけではない。彼も知る魔神の伝説に
闇の魔神が解放されたのが本当ならば、控えめに言っても今、この国が存在している事実がおかしい。
既に本物の魔神を知る者など絶えるくらいに時は流れたが、彼の魔神に滅ぼされ、無残な遺跡と化した地は、今も残る確かな証拠として知られている。どの地の伝説も、魔神顕現から半日を過ぎずなされたものと伝わる。ならば今の長閑さを示す日常は何なのだと、逆にダニングスを問いたいギルバートなのだ。
「……俺も、直に現場は見てないが……、事後のものは確認している。一層地表が大陥没し、休眠中の火山の火口のようになっていた。おそらくは地下五層か六層までは貫通しているはずだ」
「学院のダンジョンは、非公式なら40層は続くもんじゃろう。そんな浅い穴で魔神がどうのと……せいぜい、大規模な地形変遷でも起きたのだろうに」
トリシア魔導学院は自国や近隣諸国の貴族子女が通うため、公式には保有するダンジョンの階層が十層の、危険性の無い低レベルなものとしている。
だが実際は、冒険者ギルドの過去の精鋭が到達した階層が44層と、いまだに最下層へは到達しえてない未踏破ダンジョンとして、一部関係者にのみ知られている。
そしてダンジョンに関して、一般には絶対に口外されないものとして。
地下30階層を越えるものには、“最奥の階層に魔神が封印されたもの”という文献が残っているのである。
「端から確認して解るくらい崩壊したのが“その程度”って意味だっ。実際にどのくらい深くまで変化か……破壊したのかは、学内の有志の報告待ちだ」
ダンジョンが常に微細に変化し続け、さらに一定間隔で移動経路などを大きく変容させるのは誰でも知っている常識。
そしてどんなに変化したとしても、各階層への移動ルートの断絶だけは起きないというのも、常識である。
「……だが、地下階の二階層から三階層へ続く経路すら確認不可能な報告も来ててな。独自の移動通路を創れる人員が早急に必要なんだよ!」
「……ちょっと待て、ダニングス。今、お前、破壊って言ったな。その崩落現象ってのは、まさか人為的ってことなのか?」
「裏の取れない情報ではな。直ぐに確認をとろうとしたんだが……“百合の姫様”が抑えやがった」
「……ライオンレイズ公爵家、か」
冒険者ギルド古参の二名は、かの公爵家が今の王国にどんな含みを抱いているかを良く知っている。
強者が正義を名乗り、道理を説くのは“正しい行い”と認めつつも、今の王の血統が古くから続いた自らの血縁を多く葬った私怨は、いまだに消えていないのである。
それは両名ともに若い頃の記憶として、ライオンレイズ公爵家の傭兵の立場で動いていたので身を以て知っている。
「……いまさらクーデターとか、勘弁してほしいんじゃがのう」
「俺もそこまでとは思っとらん。だが、現王家の掠り傷を抉るくらいは平気でする。しかし、闇の魔神の案件だけは話が別だ。あれの手掛かりを少しでも放置したら……本当に洒落にもならん」
ダニングスが冒険者ギルドに来る前までに集めた情報として。
ダンジョン探索技能を持つ教師と学内上位の学生が数十名が、地下階の変化の確認に奔走した。
状況としては、ダンジョンそのものの変化とは言い難いと推測されている。根拠としては、ダンジョンの通路自体の堅牢性は“人では壊せない”事実が変わらず。であるのに崩落現場の瓦礫の除外は容易に可能という点だ。本来なら何の反応も示さない土の魔術で、封鎖された通路を開通させている。
現状は、前回記録された移動ルートに沿って通路を復旧させる作業中だとダニングスは確認している。
それが遅々としたものであり、望む答えが出るころにはという焦りにダニングスの意識は占められていた。
「……それで、より強力な土魔術が可能な“精霊憑き”の双子を呼ぶってか……。連中、確かドゥアウブ鋼堂王国の紐付きだったな」
「下手な指名依頼じゃ呼べない相手だ。だからキルドの強権が一番、“大人しい”手段なんだ!」
鋼の山の中に興されたドゥアウブ鋼堂王国は山の中を蟻の巣のように掘り進み、国土と資源を得ている。土魔術に秀でた冒険者は優遇され、貴族同然の地位を約束されている。
そうした立場の存在は他国の思惑で動かすには厳しい相手だ。
しかし立身出世の下地を支えた冒険者ギルドならば、多少の無茶も通じる。依頼の守秘義務を守れぬ者には、どんなに実力があろうと冒険者の名声は得られない。
確かに、今回のような緊急性を要する話にはギルド長が動くのが正解なのである。
せめて、もう少しでも情報の正確性が高いのならば。
「……指名要請はする。じゃが、やはり強制依頼には載せれん。魔神の話の確証が無い以上、それが限界じゃっ!」
「くっ!」
結局、怒鳴り合いの論点は元に戻る。
それでも状況は一つ前に進んだ。
トリシア魔導学院学内に端を発する不穏は、王都に収りきらず、徐々に国土を蝕むのかもしれない。
そう、なんの根拠も無く思ってしまう男達が、居た。
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