24 ウザイン式応用術
別邸に戻り、自室で束の間のプライベートに浸る。
フラウも今はお風呂時間。フラウ磨きはメイド隊全員の楽しみらしく、結構長い時間拘束されてるので二時間は使えるだろう。
安全と言える場所で、一日の間、居ない者として背後に控えるメイドすら居なくなる、俺の貴重な孤独の時間だ。
「さて、魔力について改めて本気の検証だ」
フラウとライレーネのお陰で、何の取っ掛かりも無い状況からは解放された。まだ知覚できてないのは変わらないが、知覚のための方法くらいは試せるだろう。
その実演の経験は、実はあるのだし。
この世界でも随分昔の話だ。
俺が魔物を初めて倒した小さな英雄単譚。
あの頃の行動の再現だ。
俺は魔法で遠い場所の探知を、そこに隠れる魔物の観測をした。
今回の観測対象は、俺だ。視線だけを遠くに飛ばし、自分自身を別の視点から見てみような実験を始めよう。
「……んんん……、簡単なようなそうじゃないような、なんか操作感が妙な感触」
最初は上空から〈風の視点〉にて自分を見下ろす。高空写真のような内容だ。注目し続けてるせいか、既に数秒前の過去の映像といった形で随時内容を更新しながら知覚している。微妙に情報内容が重なるものがアニメ画像のように記憶されていくのが……ちょい気持ち悪い。
「ここで昼間の新要素。〈事象記録〉を含むものに変換……ぐぉごっ」
〈風の視点〉に併せ、魔物の魔力感知の経験はあったし、あの時は普通にできてたのだが、その部分に複雑な鑑定要素を重ねると知覚させられる情報量が桁違いになるんだと思い知る。
……脳が頭蓋を割ってパンと膨らむ気がしたよ。あと、量は要らない。一瞬の一コマをチョイスしてそれに集中だ。
「えーと、〈
俯瞰視界の中心、俺の人物図が大きく変化。なんか巨大な円と化す。魔素濃度でグラデーションになる都合から球形のようにも視えた。
「……一応、成功か。本当に馬鹿でかい結界になってるらしいな」
ライレーネの指摘だと半径10mほどの球形結界。
俯瞰視点の設定を特にした気は無いが、結界サイズから比較して100か200mくらい上から視てる風だろうか。
とりあえず、自分の魔力を初めて客観的に視れた瞬間であった。すると――
「お? おおぉ?」
眼前の俯瞰の視界に重なるよう、肉眼で見ている素の光景に変化が生じた。
やや遠くの空中に油膜のような揺らぎの幻視が視えたのだ。
……あれ……。あの光景って何処かで視た記憶があるぞ。
何処だろうと悩む。思い違いじゃ……ないだろう。
「何か他にヒントは無いかな。負荷が厳しいがもう二~三枚、比較の図でも出して……」
意識だけでの選別が厳しいと思い、ジェスチャーでのコマンド指示を入れようとして、その指先の部分に気づいた。
「あ……、ああっ、これか!」
俺の魔法の独特なコマンド操作。古臭いRPGの選択画面のようなそれだが、操作感はスマホを指でいじるようなものでもある。まるで存在しない“画面”を指先で掻くように。
触れた感触などないのに、でも触れていると認識していた。
果たして、俺は“何に触れて”、そう認識してたのか。
指先を宙の一点で止め、素早く横にスワイプ!
一秒にも満たない間、指先は宙に光るラインを描く。
指の動きを追随する光はただの発光ではなく、ぼやけた濃淡のラインだった。
「そう、これだよ」
激しく指先を動かす。左右に何度も、加えて微妙に上下させつつ。
光の残光は束の間、油膜のような歪な平面を描き、そこには濃淡の差で文字か紋様のようなものが“存在”するのだと確信できた。
また、その絵柄は俺にとって非常に見慣れたものでもあった。
なるほど、やっと解った。
これが俺の魔力の正体か。
そうだよな。宙に描かれた魔法陣の集合体。視界を邪魔して周りが見えないとウザかったから、自分で視えないようにしてたんじゃないか。
……もう9年も昔の話だよ。
ド忘れしてたって事で終わらせても良い話題だよな?
当時は単に理解が及んでなかったかもなのかだが、俺がコマンド画面という平面の結界を生んでいるのは錯覚で、俺を中心にした魔力の水滴の中に画面状に一部を変化させたものを出していた……のが正解ということか。
すると視界の端々にずっと存在してたHPやMPのバー表示も……
俺の意識の仕方が変化したせいか、絶えず視界の端にという認識を解除されたバーがその位置に留まって俺の視界を邪魔し続ける。
「なるほどなるほど。幻視ではなく、俺のみ視える設定の魔力の場の濃度変化された存在ってわけだね」
元の位置に戻し、“では”と最低のMP量で使える魔法を“1”としての数値化を試みる。
〈HP〉-------5002784
〈MP〉--8730045020
比較対象が解らんけど膨大だとだけは理解できた。
90億近いMPにどんな価値がアルノヤラ……。
あと、目に五月蠅い。残量を気にする必要性も感じない。今は消しといても良いだろう。
「魔力の知覚の仕方がこの世界基準かはいまだ謎だが、操作の手段は得られた……かな」
コマンド操作云々は“出す・消す”じゃなく結界内の魔素濃度を変化させているのだと解った。その操作を自分ができてるのだと理解すれば応用は容易い。
まずは馬鹿でかい結界のサイズが縮まるか。
自分が支配している領域を小さくしようと意識する。……が、これは失敗。僅かに縮めれた気はするが、それ以上に反発する反応が強い。それを絶えず、意識しないレベルで制御できそうな感触が無かった。
では、結界内の魔素濃度の変更を意識しよう。
せめて、結界内に入れた他人を威圧しないぐらいに。
これは簡単だ。濃度の高さを自分に近いほどという意識するだけで作用した。前のままの密度は自分から20cmくらいまで。その他の範囲は限りなく薄くして、結界の境界を認識できないほどにできた……と思う。
「これはまぁ、後でフラウにでも検証してもらおう」
濃度の操作感も俺の主観でしかない。その主観も“にわか”の感覚なのだし。正確性には誰かの客観性が絶対欲しい。
それからも色々と検証してみた。
一度憶えた感覚を身体に染みつけたい気持ちもあり、何度も何度も繰り返してもみた。
気づけば、周囲に複数人の気配が復活している。どうやらフラウの入浴が終わったらしい。
早いもんだね、二時間なんて。
フラウに貴族的な御嬢様生活を義務づけたのは、三年前。
最初は平民の気安さも消えなくて、バスローブ姿のまま俺の傍に待機って事もあったが、今じゃしっかり外出も可能な夜着モードだ。
年相応に思春期の気持ちも復活しがちな、俺の精神的にも安心な姿である。
なんかこう、妹か娘って気持ちも大きいので異性への感覚とは微妙に違うんだがね。さすがに子供から女性らしさが増した姿には思う部分もあるのだ。
相変わらずフラウの方は小動物な雰囲気で近寄ってくるけどな。
最近は自然な動きでメイド隊がガードする位置に入るので、俺と湯上がり直後のフラウが接するほど近づく事は無い。
ただ、代わりにメイド隊の数人が俺の直ぐ隣まで近づく事はあるわけで、うち二人ばかりが俺の新たな結界の範囲内に入ったりもして――
「はうっ!」
――と、今まで聞いた事も無い悲鳴を上げて失神してしまったり。
……うん、やっぱり検証は大事だよね。
おかしいな。
魔素濃度的には変化ないようにしたはずなのにね。
とりあえず、その晩は女性陣にこんこんと説教くらった俺である。
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