21 ド根性ライレーネ
〈ローズマリーの聖女〉のゲーム的なカリキュラム選択は、午前パートを三教科。午後を二教科という括りで、放課後にフリーイベントを経ての繰り返しが基本だった。
しかし物語が現実化した現在、このコマ割は大きく変化している。
午前二教科、午後一教科。全体的に数が減って各教科の授業密度が濃くなってる感じだな。
実際に体験してみると一つの授業を長いとは感じない。画一的な詰め込み教育ではなく、個人の習得速度で憶える式で、実践を含む技能を身に付けるタイプだからであろう。
逆に言うと、たった半日にも満たない時間で一つか二つの技能を身に付けるのは無理に近い内容とも言う。
ただし、授業内容は全体的にまだ序盤のせいか、全員何かしらの成果は感じれる内容には落ち着いてるようだが。
……だが、この授業内容に関しては、俺は完全に落ちこぼれだ。
「んー、魔力の場を体感してそれを操作し、複数の魔術の属性に変化させる感覚を……ををををを……」
応用魔術の取っ掛かりは言葉で聞いたんだが、実践に結ばない。
相変わらず魔力の存在ってのを実感できないからだ。で、それに関する教師の御言葉は――
「瞑想で自らの内と外の魔素の流れを感じなさい」
――そんな、なんとも精神論な感じに落ち着いた。
……教育放棄じゃないよな?
というわけで、他の学生がそれぞれに魔術の修練を始めてる最中、俺はすみっこに陣取り瞑想の座禅をしてるのだ。
……何故か、傍らにしゃがみ込んで俺と視線を合わせた姿勢でジト目のライレーネを置きながら。
ついでに、何時もどおり隣には正座姿も可愛いフラウシアを添えながら。
「……というか、何故に俺の傍に居るんかな?」
「それは初志貫徹の姿勢ですもの。今日は私との再戦を望みますわ! 貴方の修練が一段落してからっ」
「……そりゃ、どうも」
んー……、ライレーネ・ステンドラ。前回あんだけ派手に敵対し泣かされたというのに。まるでそんな事実は無かったかのごとし。
発言と行動はバカだが、ある意味愛され系天然ボケ貴族な立ち位置にも思える……か? このあたり、やはり聖女の特殊な個性って感じなのかね?
……ま、いいか。
今は瞑想の成果に期待できそうもない。ちょっと気晴らししよう。
「こっちの修練は何時終わるか解らんし、先に相手しようか」
いや、途端に晴れやかスマイルは止めてください。
君の性格知ってても童貞少年なら一発で堕ちるから。
そーだね、聖女候補だもんね。美少女なのは基本なわけだね。フラウシアとは随分と毛色は違うけど。
「えーと、それで。また魔術対戦でもするのか?」
「ふふんっ、そんな愚策とるものですか。聖女なら聖女同士の格を高め合うのが正道ですのよ!」
「んん?」
「……?」
ライレーネの視線は俺の隣のフラウに向いている。
「いやいや、フラウにも完敗してたよな?」
主に神殿の威信をかけたような感じで。
「それはもう過去の事。今の私は、すでに彼女に並び、追い越した強者でありますもの!」
徐々にアクセルを開けた感じに口調が高ぶるライレーネ。
「今度はその無口っ子にギャフンと言わせますの」
「…………(じー……)」
「実に珍しい。フラウが他人に呆れてる」
まぁ、要するに。
フラウは俺が居ないと動かないから待っていた、と。
というかサラッと俺に対しては敗北宣言してた自覚はあったのか無かったのか?
御嬢様の思考回路を理解できるとも思わんからスルーだけど。
その後の自己申告によると、前回はフラウシアの足下にも及ばなかった聖女の資質を、この短期間で自画自賛できるほどに上げたらしい。
「各属性の威力は勿論、麗光神様の偉大な証も既に賜っておりますわっ。おーっほっほっほ!」
それが事実なら大した物だ。素直に賞賛に値する成長と言える。
……が、事実なら事実で、ちょっと気になる事も出た。
「ライレーネ・ステンドラ。君の成長を賞賛するため、その証拠を一つ確認したい。同意してくれるか?」
「ふふんっ、よろしくてよ。その姑息な性根のためにいくらでも確認するがいいですわ」
はい、下手にでれば高飛車なのも今はスルー。
とりあえず確認だ確認。
とはいえ、男の俺がやれる内容でもないのでフラウに視線を向ける。フラウ語開祖の彼女のなら大概はこれで意味が通じるから楽だ。
ライレーネが御嬢様の高笑いポーズなんで、その首に装着してる魔道具の金環に触れるのは容易い。フラウの指先がサッと撫でるだけで複数人の魔力に反応し、メンテナンスチェックを示す稼働記録の確認はできるのだ。
で、案の定。
「うっはー……。“赤チェック”が半端ない。よく正気を保ててるな、マジで」
ライレーネの装備してるものが俺が作った死亡阻止の蘇生用魔道具の複製品なのは一目見れば解る。刻んだ魔法陣が改造されてないならば機能も変わらず、俺の隠しコマンドも発動するというわけだ。
で、その一つが、魔道具の稼働履歴の視覚化というやつだ。
装着者の緊急時にしか動作しないものなので、その動作した時の時刻と動作レベルの深刻さを色で表示するようにしている。黄色ならHPが身体的に重篤状態になった場合。赤なら一瞬でも心臓が止まって死亡状態になった場合。
ライレーネは軽く流し見ただけでも日に数回、多ければ十数回の死亡判定を受けるほどに、魔力枯渇の苦行を繰り返したのだと記録されてたのだ。
俺の素直な感想としては、よく脳機能に障害が出てないなというものだった。
こうも頻繁に脳の酸素不足が起きたら、結果的に無事回復したとしても意識や記憶に壊れた部分が出ても変じゃ無かろう。
「なぁ、最近、もしくは小さい頃の記憶に思い出しにくいとことが無いか?」
「はぁ? 物忘れが全く無いとは言いませんが、御年輩のそれのような無様さは晒してませんことよ」
「……それなら、まぁ、いいんだがなぁ」
「…………」
フラウには蘇生においての危険症状は周知済み。俺と同じ懸念を抱いてるようだが、とりあえず要観察のつもりらしい。
「まぁうん。君の言葉は信じれると判断した」
「そうでしょう、そうでしょう。ほほほほほっ」
「それじゃフラウ。穏便な感じで相手してやれ」
「……(こくん)」
今度は前回のような騒ぎにならない対戦だが、俺達の経緯を知る者達には注目する対象なんだろう。静かに観戦しようという学生達の人垣もできて、またちょっとしたイベントのような空間が生まれた。
……これが定番のイベントって言うなら安心なんだがなぁ。
未見でやり直しが利かないだけって部分で、物凄い不安しかないんだ、これが。
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