19 裏取引
メルビアス先輩からの報告は成果は無いでも二日おきには届くようになった。
俺としては、一応は平和な授業の日々が続いてる。ライレーネはこっちを避けているし、リースベルは俺達が遭遇を避けてるからだ。
そうしてまぁ、なんだかんだと一週間ほど経過し、メルビアス先輩の報告書の中味に深刻な心的外傷の気配を感じられたので、もう限界かなと判断した。
まぁ、先日。支社内の改装の一部も済んで、秘密ガラス工房から神珠液廉価版の瓶のトライアル版も届いたってのもある。
それを使って報酬の一部を支払おうかと面会の準備を始めた。
サイズは俺の記憶にある現代に準じたもので、適量使うなら一瓶で一ヶ月は大丈夫……なんかな? 前世も含めて日常的に乳液を使う性別じゃないんで、そのあたりは適当になる。
「部下への配給分も含めて、どんくらい渡せば先輩の家は平穏になるんだろう?」
「メルビアス様のご実家は侯爵家。重鎮と呼べる臣下だけでも50名はおられるでしょう。各自小分けになさると予想しても、それなりの本数は必須と存じます」
「そんじゃ、予備分も含めて一人一本か、それ以上なのか」
そんな現状でこの数年、一家に一本あるか無いかの状況だったと。
正に地獄だな。
同情しか無い。というか、その数の調整してた王家への謀反の心情とか膨らんでないよな?
やだよ俺。
知らず国内の情勢を不穏にさせてたなんて現実。
「試作版の瓶の数は?」
「現在360本でございます。ウザイン様ご指示の硬化処置の耐久試験中なので、正直のところ余剰の扱いとは言えませんが」
「んー、常温の状態から熱湯と冷水を交互に入れて三回確認。それで割れなかったら一応成功と見做す。その中の200本を使って先輩用としてくれ。工房の作業は止まってないんだろう?」
「はい。日産100は安定してると報告にあります」
「そうか、じゃ各ロットから数本ずつ耐久テストに置いて、他は順次製品化の方向にしてくれ」
「了解しました」
メルビアス先輩に配ったらもう止まらない。情報共有してるブレイクン先輩んとこも直ぐ配らないと爆発するだろうし、極秘の神珠液を得たってだけの噂が一人歩きしてタカリ屋が湧きまくるのは目に視える。
この機に貴族としての敵味方への対応はハッキリする必要も生じるだろうし、ならば味方に甘い蜜を配するのに手間取るわけにもいかんのだ。
……まぁ、どうやったってうちの実家の悪評が高まるだけなんで、それ相応の対価は貰うが。
ちなみに、実家からは寄親のガーネシアン公爵家を別段特別視しないで良いと言われている。というか、親父様の手紙の端々に彼の家への恨み辛みが滲んでた。
……果たして、どんなシガラミがあるんだか。
うちが成金だし、金の無心とか頻繁にされてる感じかな?
そのあたり、妙なんだよな。
普通は寄親ともなれば家系のどこかに血縁でもありそうなのに、うちと公爵家にはそれが無い。ならば商人から爵位って流れは金以外の繋がりとしてしか思えんのだけど……別にそういった帳簿の記載も無いし……。
実家とはいえ、下手に貴族の暗黒面を突くとヤバい気がするから深入りは避けてんだけどね。
さて、メルビアス先輩からの定時報告に合わせ、最初の報酬譲渡の段取りを取る。二~三日後に返事かなと思ったら、なんとその日のうちに連絡役が再来訪。翌日の下校時、馬車同士を寄らせての受け渡しになったよ。
何処の裏取引だと突っ込みたい。まぁ似たようなもんだけど。
俺のアイテムボックス機能がアンロックしたのは地味に助かってるよな。
超のつく危険物でも誰にも知られず持ち運べる。
翌日の下校時までとか。たぶん学院内でも普通に持ち運んでたら盗難騒動が激しかったろう。不思議と、その手の極秘情報は必ずと言っていいほど露見してるもんな。
そんなわけで、ブツの受け渡し。
学院を出て互いに馬車を走らせ、偶然街中の通りで擦れ違う体裁。
拳一つ分の隙間を開けた、隣り合った客車の窓を開けての手渡しという段取りだ。
が、待て。
渡す数、200本なんですが。
窓越しに渡しやすいように10本ずつ纏めてはいるが、それでも20回手渡しの繰り返しなんですが。
……まあ、いいけどね。
貴族の紋章掲げた馬車二台。どんなに通りを専有して邪魔でも突っかかってくるのは少ない。格上高位貴族なら話は別だが、ロゼッテンス侯爵家の馬車にケンカとか無謀の一言だ。
だが言おう。目立ってないとは欠片も言えんがな!
……明日は確実にブレイクン先輩からの催促来るな。
もうそん時に投げ渡せるように準備しとくか……。
あー、アイテムボックス。マジ便利―。
ともあれ取引は無事完了。体感では長かったが、実時間なら五分もかかってないか。不自然っちゃ不自然だが、貴族同士のなんやかんやなら……深くは追求もされないかな。
たぶん、数日は。
「ウザイン君。ありがとう。本当にありがとう」
「いえいえ、正統な報酬ですから。しかも今後も頑張ってくれるそうですし」
「そこは我がロゼッテンスの名にかけ遂行する。むしろこの機に神殿の秘密など全て把握したい故にな」
「あ、はい。期待してます」
あらら、流石は国の暗部畑か。変な焚き付けをしちまったのだろうか?
「時にウザイン君」
「はい、何でしょう」
「君の家の馬車の作り、少々変わっているように思えるのだが。特にこの車輪の構造など」
「田舎貴族の生活の知恵です。見た目だけですよ。特に妙な機能も無いです」
「いや鉄輪作りでないだけでも充分変わっていると……」
「変わってないです。見た目だけです。ええ見た目だけですとも」
「そうなのか? 随分とこう、特殊な質感に思えるのだが」
「いえいえいえ、田舎貴族なんで高品位の鉄輪にできないからの劣化品ですよ。では、取引も終わりましたので失礼します。先輩も速く、ご実家の婦人方を喜ばせてあげてください」
「ああ、これで心安らぐ日々が帰ってくるよ。それでその――」
「では長々と通りを塞ぐのもなんですし、失礼します。秘すること故背を向けて去るご無礼申し訳ございません」
「ああ、いや。それは気にする必要は――」
「でわっ!」
目聡い。さすが摂政家の嫡男。目聡い。
馬車同士、となりあって引っ付いてりゃ気にしないと思ってたら甘かった。
しっかり、タイヤの車輪に気づかれたなー。
この世界にゴムは存在する。
この世界はファンタジーな世界ではあるが、乙女ゲームという生活面の便利さは現代基準という歪んだ文化でもあるのだ。
だから、髪留めゴムとかパンツのゴムとか、普通のあるのだよ。
でも馬車の車輪は、ホイールやスポークは基本木製。高級品ならタイヤの部分は鉄の輪を填めたものなど。如何にサスペンションで頑張っても、車輪や車軸そのものにかかる振動ダメージの軽減にゃ限界があるのだ。だからこの部分も改修したよ、当然だろ(逆ギレ)。
ゴム自体の性能は脆弱だけど。強靱性の試行錯誤も限界はあったけど。忘れちゃいけない。別にタイヤは、ゴムだけで構成してる製品じゃないのだと。
地球の一般売りのタイヤでもゴムのみの素材じゃなく布のような繊維で補強されてた積層構造だ。またホイールなどとの接合部の強化でゴムの中にワイヤーが入っているものもある。重機など負荷の大きいものなどは、変形防止に強化繊維や金属網などを内包してるものもある。
ついでに言えば、もっとも古いタイヤはゴムというより麻布を巻いた筒のようなものだった。そんな昔々の再現レベルから頑張れば、ファンタジーに頼らずとも職人の技術力で実用性をもつタイヤは実現可能というわけだ。
「っち、わざわざ外見は既存の形状に似せたってのに。本当に目聡いな、あの手のやつの目ってのは」
ちなみに、うち仕様のタイヤは鉄輪と誤解させるため、インチアップっぽくしてサイドにホワイトラインよろしく木目の偽装をつけた上に振動軽減弱めのノンパンク仕様ですが、トレッド付きで路面へのグリップ性は良く、素の鉄輪のやつよりは遙かに弾性があってイイモノです。
具体的には。不整地な道で時速60キロ出しても車体が自壊する心配無し。これも実家の輸送力の秘密なんで、当分は非公開の予定だよ。
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