20 未来への歯車

 あれから一年。

 俺は11歳になった。


 情勢に大きな変化は無い。

 うちの〈神珠液〉事業も運用基盤が多少頑丈になった程度だ。

 一年程度の継続ならこんなもん。特に物流の安定さに不安があるこの世界じゃ、充分に大成功の部類だろう。


 ファンタジーなら国を越えてあっと言う間に大陸中に広がるような展開も無し。

 そこに不安と安心を両方感じ、複雑な心境の俺であったり。

 知識チートが機能するので、他の商品もという拡張姿勢は自重している。

 と言うか無理。うちの領地……というか、この世界の文化レベルで地球の商品開発のテンポは、それだけで拒絶反応が出るやつだよ。


 地球は欧州の貴族がブランドワインやビンのコルクだけで財と地位を成したように、特産品は適量あれば良いのである。


「まぁ、うちの領だけじゃなくて神殿が絡んだってのが、結果論的に良かったかな」


 乳液の原材料はそう珍しいもんじゃない。一応、材料は機密扱いにはしてるがバレるとこにはバレてるだろう。

 そしてこの世界に特許なんてもんは無い。仮にあったとしても、それを守る絶対の理由が無い。

 そんなイザコザが戦争の火種になるのだし、その火種を恐れるどころか待ってる奴等も多いのだし。


 ホント、地味に物騒なんだ。この世界。


 対して神殿関係では、そうした住み分けを暗黙の内にするのが定番らしい。〈神珠液〉は既に豊穣神縁の特産って感じなのだな。

 そして豊穣神は、ナリキンバーク領でそれを広める姿勢を決めている。

 だから他の貴族の領地では、類似品すら作る事を憚る風潮になっているわけだ。


 そしてそして、そんなわけで。

 売り上げの半分が俺の稼ぎという現在。俺の個人資金は“もうウハウハでんがな”としか言い様の無い金額になっていた。

 いやまぁ、庶民バージョンの価格は誰でも買える程度なんだがね。その販売量やら、一部貴族への特別なやつのボッタクリ価格のせいでね。


「因みに風の噂で届いたものですが、現王の側室の幾人かは、毒味役すら掻い潜った巧妙な暗殺を防いだとあります」


 うん、そんな話があるそうだね。

 魔法効果のせいか、効能を発揮した時は誰でも解るように発光現象が出るらしい。

 側室様がお茶を飲んだタイミングで発光。で、調べてみればお茶は毒入りって話があったとか。

 物が乳液だから。唇にも付着させといても良いのさ。

 むしろ粘膜部位には瑞々しさをより際立たせる効果もあるそうで。


「今度はあれだ。リップクリームのタイプでも出してやろうか」


 完全に元の趣旨から外れてるがな。


「……というか、なんでうちのメイドが王家の機密区画の噂とか拾ってくるんだ?」

「噂とは、そういうもので御座います」


 答えのようで答えじゃない。だが深く突っ込むのが怖いから追求したくない。




 ◆




 さて、一応は平穏な現状。

 しかし、未来に向けて準備するものが最近決まった。

〈神珠液〉生産拠点、王都支部の設立準備だ。


 これは拡販が目的では無く、俺の都合に付随するオマケの意味合いが強い。

 三年後。正確には二年と半年余り後に、俺は学院に行くため王都暮らしになるからだ。

 その時点で生産拠点が地元だけだった場合、貴族用の超・高品質品な〈神珠液〉の生産は止まってしまうのだ。

 これには対応策が必須と言う事で、王都でも生産可能とする施設を事前に用意することになったのである。

 土地や建物の確保、周辺へのセキュリティの確立。準備期間としては順当なんじゃという感じだ。

 そして人員。向こうに配置する者を今から選別するのも大事なのである。

 特に神殿関係者。向こうで俺だけが作業したらモロバレだからね。


 大まかな流れは親父と神殿との間で既に決められている。

 後は行く当事者同士で細かい部分の意見が必要かもしれないと、今回、軽い打ち合わせの予定となった。


 と言う事で、俺は何時ものようにメイドたちに背後を守られ(?)つつ、面会用の部屋に待機している。

 向こうは確か……エミリアが引率して連れてくるんだったかな。


「王都は高品質品専門の小規模設備って予定だったよな?」

「はい」

「すると、神殿はカモフラージュ用の人材を出す感じか」


 予定では一名連れて行くだけだ。

 神殿はその土地土地での流儀があるので、あまり他の神殿の者を定住させる風習は無いらしい。可能ならば神殿預かりにせずに、俺が準備する住居に置くのが望ましいとも聞いている。


「俺の都合に付き合わすからな。数年も過ごすなら……いっそ支部内に個室を用意するのも良いのか」

「いえ、御館様の方針は王都の別邸を使う予定との事です」

「ん、兄上が使ってるはずではなかったか?」

「セキュリティの問題であるとか」


 王都はその名のとおりに王家が住まう場所になる。

 そして政治が動く中心でもある。

 そこに臣下ではあれ、一貴族の私兵となる人員が多いのは、それだけで外聞が悪い。

 と言うか違法だ。

 そのため、許される人員内で守れる範囲に重要人物は置きたいらしい。


「……直接、神殿関係者を囲うのも外聞が悪い気がするがなぁ」

「そのあたりを、多少工作すると聞いております」


 そんなタイミングで向こうの来訪が告げられる。

 程なく、部屋へと現れたのはエミリア侍祭と……既によく見知った、一人の少女であった。



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