生者の時間

 季節は巡る。

 諏訪野聡子の人生はあの日、あの場所で終わった。彼女の時間は止まってしまった。

 しかし、生きとし生ける者には等しく時が流れ、そして時の流れは変化をもたらしてくれる。


 あの交差点が聡子の亡くなった場所である事実はどうしたって変わりはしない。それでも時は死別の悲しみをゆっくりと癒やしてくれるのだ。しおれてきたら新たなものが供えられていた花も取り替えられなくなり、干涸らびた花は風にさらわれてどこかへ消えてしまった。


 美和の通学路は変わらなかった。雨の日も風の日も雪の日も、あの交差点を渡る。学校へ通うために、自宅へ帰るために、あるいは遊びに出かけるために幾度となく大通りを横断した。たいてい彼女の隣には恭介がいた。


 そこに聡子はいない。

 ときおり、雑談が聡子の話題になることがあったが、それはもう幽霊の話ではない。かつていた聡子という少女の思い出話だった。その名前が帯びていた悲しみの色は薄らぎ、昔を懐かしめるほどに美和も恭介も立ち直っていた。


 死者は過去にされ、二人は前へ進んでいく。

 冬が過ぎ去り春になる時分には、聡子のいない日常が当たり前のものとなっていた。


 二人の距離が縮まったのもちょうどそのころだった。同じ場所で育ち同じ時間を過ごしてきた美和と恭介。幼馴染みとして仲が良かったとはいえ、性差を意識しない家族のような関係だった。それが、いつしか男女の仲をにおわせるものになっていた。特別何かがあったというわけでもなく、収まるべく収まったというように自然とそうなっていた。


 あるいは、それは聡子がいなくなったからかもしれない。幼馴染み三人、男一人、女二人というバランスがある種の均衡として働き、彼らが一歩を踏み出す障害となっていた節がある。


 事故から一年が経つ。

 高校二年生の秋ともなれば、進路の話も出てくる。

「進学で離ればなれになるのは寂しいな。どうせなら恭ちゃんと志望校一緒のとこにしようかな」

 本気とも冗談ともつかない美和の台詞に恭介が苦笑する。

「まぁ、でもいい加減本気で進路考えなきゃいけないんだよな」

 将来について語り合う二人、ありふれた、けれど二人にとっては特別な日常が過ぎていく。 





 そして、ある日、彼女は忽然と姿を消す。 

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