類は友を呼ぶ。ー佐藤と金村編ー

めがねのひと

第1話 指輪とゴミ箱

 同僚の薬指から銀色の光が消えた。

 理由は特に聞いていない。聞く必要もないと思ったし。そもそも、あの同僚に奥さんがいることの方が奇妙奇天烈だったから、感想はイメージ通りになったなぁ…くらい。


「金村さん」


 昼食を食べ終えてぼーっとデスクトップを眺める昼下がり。

 自分を呼ぶ声に視線を向けるとにこやかな笑みを貼り付けた同僚が数グラム軽くなった左手をヒラヒラとさせていた。

 あちらから近寄ってくる気配がなさそうだったので仕方がなく椅子から立ち上がってそちらに向かう。ずっと座ってたからか腰が痛い。


「なんですか急に」

「いや、離婚したんで報告をと思いまして」


 知ってるよという言葉をなんとか飲み込んだ。というかむしろまだ本人から報告を受けていなかったことに驚いた。なんで僕は知っていたんだっけ?


「…あっそ」


 確か同僚の中の誰かだった気がする。喫煙所で噂してるのを聞いたんだっけか。


「えーそれだけですか?」

「逆にただの同僚に何を求めるんですか」


 適当な返事をしたのがいけなかったのか、やけに変な理由で突っかかられる。なんだよ、「それだけか」って、髪切りたての彼女みたいな台詞。


「あー…じゃあ、指輪はどうしたんですか?」


 まぁまぁ無神経な質問をしてみた。

 離婚した直後に聞かれたくない質問トップ10ぐらいには入っているだろう。

 これで少しは飽きてくれたか…?


「あぁ、それならここに」


 自分のデスクに戻ろうと思ったその時、何食わぬ顔で同僚は自分のポケットから指輪を出してきた。


「うわっ気持ち悪!」

「自分で聞いたんじゃないですか」

「だとしても離婚相手との指輪を持ってるのはやばくない?」

「じゃあ…要ります?」

「要らないですよ!」


 そしてあろう事かその指輪を自分の方に差し出してきた。若干使い古された感の否めない指輪は少しだけ光沢を失っている。


「なんで僕が貰わなきゃいけないんですか」


 至極当たり前のことを叫ぶ。その声は直径5メートルほど響いただろう。

 俺の反応に同僚は首を傾げた。


「だって、金村さん指輪気にしてたから欲しいのかなって」

「どう考えたって要らないでしょ人の指輪は」

「そうですか」


 至極不思議と言うように彼はそう言って、手に持っていた指輪を共有のゴミ箱に投げ捨てた。離婚したとはいえ、一時は想いあっていたいた人間との大切な品を。

 こういう人間だって分かっているから、この人に奥さんがいることが不思議だったんだ。だからなんというか…あるべき姿に戻ったというか。そんな感覚が拭えない。


「そうだ、金村さん」

「はい?」

「もう俺、フリーなんで狙ってくれていいですよ?」

「はぁ!?」

「まぁ、狙わないんだったら俺から狙いますけど」

「ちょっ…どういう」

「んー」


 秘密です。

 何を考えているか分からない同僚は動揺する僕に甘ったるい声でそう囁いた。



(暗転)

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