《思い出》その①
あまり見覚えのない室内に、またも男の子と女の子がいる。
男の子は見覚えがある。昨日夢に見たのと同じ、つまり小さい頃の俺自身だ。
一方の女の子はというと、昨日の夢とは違う子に見える。
「どうかな
女の子は着ている服を見せるように、くるりと回ると心配そうにそう尋ねた。
「いいじゃん、めちゃくちゃ似合ってるよ」
男の子はそう答えた。
その答えに、女の子は笑顔を浮かべた。
* * *
アラームの音で目を覚まし、アラームを止めた。
先ほど見た夢の内容、そして二日続けてこうした夢を見たこと対して少し考えた。と言っても、寝起きの頭で考えられるわけもなく、ほとんどそのつもりになっただけだった。
だがそうした中で徐々に頭が覚醒していくのが解る。やがて二度寝する気も無くなり、起き上がって支度を始めることにした。
朝食や支度を済ませたところで時計を見た。家を出るにはまだ早いが、昨日は地図便りだった道をまっすぐ歩けるかを確かめるために、もう家を出ることにした。
それに、昨日のように誰かとぶつかるようなトラブルがあっても困る。
* * *
といった杞憂はよそに、今日は学校まで何事もなくたどり着いた。
教室にはまだ半分も登校してきていないようなので、もっと遅くてもよさそうだ。
「おう佐藤、おはよう」
しばらくして
「おはよう」
「……まだ
佐倉は鞄を机に置くや否や、俺の隣の席を見てそう言った。
「そうだな、まだ見てないし」
「そうか」
佐倉は正面に向き直り、鞄から教科書を取り出し始めた。なんとなくその様子を見ていると、佐倉の鞄から教科書とは別な本の姿が見えた。
「何それ……女子向けのファッション誌?」
一瞬エロ本でも入っているのかと思ったが、よく見るとそうではなかった。
ただ、エロ本なんかより健全なはずのその本は、男子が持っていると、どこか不健全さも感じさせる。
「そういう趣味なのか?」
「いやいや、今日のための妹から借りてきたんだよ」
「何でまた」
「それは……あー、噂をすればなんとやらだな。ちょうど良かった」
何のことかと思いつつ佐倉の視線を追うと、その先は教室の出入り口だった。ちょうど誰かが教室に入ってきたところのようだ。
「おはよー」
やってきたのは一人の男子生徒である。と言っても、男子の制服を着てはいるものの、声色は声変わりしているのかを疑う感じだし、なんだか顔つきも女性的だ。髪は短いには短いが、どちらかというと女子のショートヘアであって、男子には長めな方だ。
さすがにこんな奴がいたら、昨日のうちに気づいているはず。佐倉の言葉からも察するに、どうやら彼が穂積らしい。
「あれが穂積か?」
念のため佐倉に
穂積はというと、クラスの女子に声をかけられたようで二、三言葉を交わしはしたが、その後すぐこちらにむけて歩いてきた。
そして俺の隣の席、すなわち自分の席までやってくると、開口一番こう言った。
「ちょっと拓真くん、迎えに行ったのにいないとか酷くない?」
その言葉で、俺の周囲にだけ静寂が訪れた。
何故か彼の言葉は見ず知らずの俺に向けられていた。心当たりがない俺は、驚きから黙り込んでしまったからだ。
そして無言のままに佐倉へ目をやると、彼もまた目を丸くして驚き、声を発していなかった。
「あれ? もしもーし? 拓真くん?」
穂積は意識確認をするかのように、俺の目の前で手を振っている。
再び俺の名前を呼んでいることから、聞き間違いとかではないようだ。
「え、二人とも知り合いなん?」
佐倉の問いかけは、驚きで声が上ずり、何故か
「いや、ちょっと待ってくれ。……穂積も昔の知り合いとか、そういう感じか?」
昨日の出来事を思い出し、穂積に
あのとき楓と名乗った彼女は俺の幼なじみで、しかもこの学校の生徒だと言っていた。
家からこの学校までは徒歩圏内だ。他にも昔の知り合いがこの学校にいても何ら不思議ではない。
「え、何その反応。もしかして、この格好でも判らない?」
「この格好でも、ってどういうことだ」
「ええ……。
「昨日? いや俺は……あれ、待てよ? 昨日会ったのは……。でもあれは……」
確かに昨日、楓と名乗る人物には出会っている。しかし彼女は女子で、目の前の穂積は少なくとも男子の格好をしている。
髪型も違うし、顔も……いや、なんかちょっと似ているような? 何なら声が殆ど同じような気さえしてきた。
「なるほど、そういうことか」
しばらく蚊帳の外となっていた佐倉が声を発すると、先ほどのファッション誌を手に取った。
そしてそれを穂積に差し向けて訊ねた。
「穂積って、普段はこっち?」
「そうそう。ちょうど良かった、佐倉くんこれ借りていいかな?」
「何ならそのために持ってきたわ」
穂積はファッション誌を受け取るとパラパラとページをめくっていく。そしてあるページで止めると、それを俺の方に向けた。
「昨日はこんな感じだったよね」
向けられたページ一面を一人の少女の写真が埋めていた。その顔、髪型は昨日出会った『楓』と同じで、服装は違えど系統は近いように感じる。
そして写真の彼女を表す名前として『穂積楓』と印字されていた。
目の前に居るのは穂積、本人は楓と名乗った。写真の彼女も『穂積楓』であり、昨日の彼女と同じ見た目をしている。
「大体解ってきた。穂積は昨日会ったあの子で、俺の幼なじみなんだな?」
「合ってるけど……なんか気になる言い方だね」
「いや……昨日はやり過ごしたけど、この際だから言っておく。悪いけど、穂積のこと殆ど覚えてないんだ」
「ふぅん……まあ昨日の反応でそんな気はしてたけど。覚えてないのは私のことだけ? 他の人は?」
いろいろ言われるつもりで自白したものの、意外にも穂積はそれを咎めるわけでもなく、状況整理をするかのように訊ねてきた。
「正直、昔こっちに住んでた時のことは殆ど覚えてないな。町並みもあんまりピンときていないし」
「そっかぁ」
どこか残念そうに穂積はそう言ったが、すぐに居直り「じゃ、改めて」と続けた。
「私は穂積楓。拓真くんの元幼なじみだよ。雑誌のモデルなんかをやってる都合で昨日みたいに休むことも多いけど、よろしくね」
穂積はそう自己紹介をすると、にこりと微笑んだ。格好こそ男子だが、顔立ちやこういった仕草から、実は女子なんじゃないかと思えるほどの可愛さを感じた。
『元幼なじみ』という言い方なんかから考えて、クラスメイトとして改めて関係を築いていこうということなんだろう。
自分のことを忘れていると言うことに対して責め立てるわけでもなく、友人として接してくれるのであれば、こちらもそれに応えてやるべきだろう。それに、そんないい奴と仲良くなることに対して、悪い気は全くしない。
「あぁ、よろしくな穂積」
俺がそう言うと、穂積の表情が少し曇ったように見えた。
「うーん、それでもやっぱりその『穂積』って呼び方は違和感あるなぁ。昔みたいに、『楓』って呼んでよ」
「えぇ……」
名前で呼ぶことには、やはり少し抵抗を感じた。穂積が女子みたいだからと言うのもあるし、俺からすれば合って間もない相手を名前で呼ぶこと自体が少し気恥ずかしかった。
どうしたものかと、しばらく迷っていたけれど、穂積は俺が言い直すのを待っているようだったので、観念するしかないようだった。
「わかったよ。よろしくな、楓」
「うん、よろしい」
穂積は満足げにそう言って、再び微笑んだ。
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