第8章 16 結婚のすすめ

 午後18時―


「ただいま帰りました」


ガチャリと扉が開かれ、カミラがアレンとのデートから帰宅してきた。


「お帰りなさい、カミラ」


ヒルダは玄関まで迎えに出て来た。


「まぁ…ヒルダ様。わざわざ出迎えて頂くなんて…有難うございます」


カミラは頭を下げるが、ヒルダは言った。


「いいのよ、それにしても早かったのね?てっきりアレン先生とお夕食も一緒に食べて来るのかと思っていたけど…あ、でもね。一応食事は用意しておいたのよ?」


「ヒルダ様の事がやはり心配で…アレン先生もヒルダ様の事を心配されていましたから今夜はお食事はとらずに帰って参りました。廊下は冷えますからお部屋に戻りましょう」


カミラはヒルダの足を心配して部屋へと促した。


「ええ、それじゃお食事を温めておくからカミラも準備が終わったらリビングへ来てね?」


「はい、分りました」


ヒルダがリビングへ入っていくと、カミラはため息をつき、ポケットから小さなケースを取り出し、蓋を開けた。中には指輪が入っている。


「アレン先生…」


カミラはその指輪を見つめ…ポツリと呟いた―。



****



 カミラがリビングへ行くと、すでにテーブルの上には温かな料理が並べられていた。湯気の立つ魚介のクリームスープにマッシュポテト、テーブルパンに温野菜が並べられている。


「あ、カミラ。座って、温かいうちに頂きましょう?」


ヒルダはスプーンを並べながらカミラに声を掛けた。


「ありがとうございます」


椅子を引いて腰掛けるとヒルダもカミラの向かい側に座る。


「それじゃ、一緒に頂きましょう?」


「ええ、そうですね」


そして2人は微笑み合ってスプーンを手に取った。




 ヒルダが作った料理はどれも絶品だった。カミラは魚介のクリームスープを口にしながら言った。


「本当にヒルダ様はお料理が上達しましたね。どの料理も全て美味しいです」


「ありがとう、でもそれは全てカミラ。貴女のお陰よ?何も出来なかった私に家事を教えてくれたのはカミラなのだから」


「ヒルダ様…」


「だから、安心してお嫁にいって?」


「え?」


カミラはヒルダの言葉に驚いた。


「ヒルダ様…?」


するとヒルダは言った。


「カミラ、今夜アレン先生に正式にプロポーズされたのではなくて?」


「えっ?!な、何故それを?!」


「ごめんなさいね。…覗くつもりは全く無かったのだけど、カミラに声を掛けようと廊下に顔を出した時、カミラが指輪を見つめていたから…」


「あ…そ、そうなんです。でも…返事はもう少し待ってもらおうかと思っているんです」


カミラの言葉にヒルダは言った。


「私の事で返事を渋っているなら…すぐにアレン先生にお返事して。プロポーズ受けますと」


「え…?で、ですが…」


「あのね、カミラ。私…万一カミラが結婚した後はノワール様と一緒に暮らす事になったの。今日ノワール様が海沿いの1軒の可愛らしい家を借りたのよ?」


「えっ?!ま、まさか結婚…を…?!」


「いいえ、違うわ。そんなんじゃないわ。居候させて貰う事になったのよ。お家賃も食費も一切出さなくていいと言われたので、私はその代わり家事をして恩を返そうかと思っているの」


「まさか、ノワール様にそう言われたのですか?」


カミラが不安そうに尋ねる。


(そんな…仮にも伯爵令嬢であるヒルダ様を家政婦扱いするつもりなのでは…?)


しかしヒルダは首を振った。


「いいえ、違うわ。ノワール様は何もおっしゃっていないし、私もまだ何も伝えていないからノワール様はその事を御存じないわ」


「ですが…」


尚も言いよどむカミラにヒルダは言った。


「だから、カミラは私の事を気にせずに…アレン先生と結婚して?」


そしてヒルダは笑みを浮かべた―。

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