嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

第８章 10 ノワールの来訪

　ヒルダの退院から3日後―

「ヒルダ様…本当に出掛けてきても大丈夫なのでしょうか？」

玄関でカミラが心配そうな顔でヒルダを見ている。

「ええ。大丈夫よ。今日はアレン先生とデートなのでしょう？先生…私の事気にかけていらっしゃると思うから、カミラの方から先生に謝って置いて貰えるかしら」

ヒルダはカミラから話を聞かされていた。ヒルダが診療所から睡眠薬を大量に持って行ってしまった為に昏睡状態に陥ってしまったことでアレンが酷く悔いていたという事を―。

「はい、分かりました」

「それにアレン先生からのプロポーズの返事…受けてくるのでしょう？」

「そ、それは…その…つもりです…」

カミラは頬を染めて返事をする。

「私の事は本当に大丈夫だから…行ってきて？カミラ」

「では行ってまいりますね？」

「ええ、行ってらっしゃい」

そしカミラは扉を開けて部屋を出て行った。

バタン

扉が閉ざされると、とたんにアパートメントの中は静かになる。

「カミラがいなくなれば…ここに私は1人で住むことになるのね…」

ヒルダはため息をついた。今、このアパートメントはカミラの姉夫婦の所有する賃貸住居なの格安で借りることが出来ている。部屋の、間取りはヒルダとカミラ専用の部屋が１つずつ、リビング兼ダイニングルーム。キッチン、トイレ兼バスルーム…と言う間取りになっている。

「1人で暮らすには…広すぎるかもしれないわ…もっと小さなアパートメントを借りたほうが良いかもしれないわね…」

そしてヒルダは自室へ行くと大学で出ている課題をリビングに運び、勉強し始めた。何かしていなければエドガーの事を思い出してしまうからだった…。

　静かなリビングで1時間ほど勉強をしていた時―。

コンコン

ドアノッカーの音が響き渡った。

「あら…？誰かしら？」

足を引きずりながらヒルダは玄関へ向かった

「え？ノワール様？」

ドアアイを覗き込むと、そこにはノワールが立っていた。慌ててヒルダは扉を開けた。

「こんにちは、ノワール様。一体どうされたのですか？」

「今日…カミラは出かけて留守なのだろう？ヒルダの様子が心配だったから、様子を見に来たんだ。…迷惑だったか？」

ノワールがためらいがちに尋ねた。

「いいえ。そんな事はありません。…あの、あがりませんか？」

「…いいのか？」

以前は気にも止めていなかったが、考えてみれば女性1人の部屋に勝手に上がり込んでいいのだろうかとノワールは思ったのだ。

「ええ、どうぞ？」

しかし、ヒルダは気にもとめずに言った。

「そうか…ならお邪魔するよ」

ノワールは部屋にあがりこんだ。

「ノワール様、お茶でもいかがですか？」

リビングの椅子にノワールが座るとヒルダが声をかけてきた。

「ああ、ありがとう」

ヒルダはお湯を沸かすとポットに茶葉を入れた。

「どうぞ」

コトンとノワールのテーブルの前にカップを置くと、ヒルダも向かい側の席に座った。

「…美味しいな」

ノワールは紅茶を飲むと静かに言った。

「…」

そんなノワールの姿をヒルダはじっと見つめていたがエドガーの事を思い出し、目頭が熱くなってきた。

（いけないわ、ノワール様がいるのに…）

慌ててヒルダは目を擦った。

「どうした？ヒルダ」

「ノワール様を見ていたら……お兄様の事を思い出してしまって…」

「ヒルダ…」

ノワールはヒルダをじっと見つめるが…意を決したように言った。

「ヒルダ…俺では駄目か…？」

「え…？」

「俺では…エドガーの代わりにはなれないか…？」

「ノワール様…」

静かな部屋で2人はじっと見つめ合った―。