第8章 8 ノワールの謝罪
「え…?」
ヒルダはノワールが何を言っているのかよく理解出来なった。
「そうか…覚えていてくれていたんだな…」
ノワールは今までに見たことが無い位に優しい笑みを浮かべるとヒルダを見た。
(あ…この表情…お兄様に似ているわ…)
ヒルダはぼんやりした頭でエドガーの事を思い出した。
「ノワール様…今の言葉って…?」
まだあまり話す気力はヒルダには無かったが、何故か今、ノワールに聞いておかなければいけないと思い、声を振り絞るように尋ねた。
「ヒルダの今の話…あれは俺の事なんだよ。ヒルダはもう覚えていないと思って今まで黙っていたけれど、覚えていてくれたんだな…嬉しいよ」
ノワールの今までにない優しい言葉と笑顔を見てヒルダは戸惑った。
(ノワール様…こんな表情で笑う事も出来たのね…)
ノワールは静かに語りだした。
「あれはヒルダの4歳の誕生日の事だった。俺とエドガー、そして父はフィールズ家に招かれてカウベリーに行ったんだ。だが…見ての通り俺は子供の頃から人付き合いが苦手で、1人パーティー会場を抜け出して薔薇の咲く庭園で1人本を読んでいた。その時に…ヒルダ、お前が声を掛けて来たんだ」
「え…?そ、それでは…。あれはノワール様…だったの…?」
「2人で本の話をして…その時にヒルダが俺に言ったんだ。『お兄ちゃんは大きくなったら本を書く人になるのね?』ってな」
「…」
ヒルダは黙って話を聞いていた。何故ならその辺りの記憶は無かったからだ。
「ヒルダの言葉が…俺に作家を目指すきっかけになったんだ」
「え…?」
ヒルダはその事に驚いた。まさか記憶に残っていない自分の言葉がノワールを作家にさせるきっかけになるとは思ってもいなかった。
「ありがとう。そして…ごめん」
突然ノワールがお礼と謝罪を述べて来た。
「今の俺があるのは…全てヒルダのお陰だ。なのに…俺はエドガーの事でヒルダに八つ当たりばかりしていた…。挙句にヒルダ辛い目に遭わせてしまった。本当に申し訳ないことをしたと思っているんだ」
「そ、そんな…。ノワール様が謝ることは…何も…」
「いや…謝らせてくれ。ヒルダを傷つけてしまったのは…俺のせいなんだ…。ほ、本当にすまなかった…。だが…ヒルダが助かってくれて良かった…」
ノワールの目に涙が浮かんだ。
「!」
その涙を見てヒルダに衝撃が走った。
「ノワール様…心配掛けて…申し訳ございませんでした…」
ヒルダも涙を流してノワールに謝罪した。そしてその後…ノワールとヒルダは本の話を沢山した。そしてヒルダの体調が回復し、退院出来た暁にはノワールのアシスタントとして時々手伝いをする事が決定した。何故ならヒルダは絵本作家を目指しており、ノワールの元でアシスタントをすることは絵本作家になる為の勉強になるからであった。
そしてそれから1週間後―
ヒルダの退院する日がやってきた―。
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