第8章 6 病室での目覚め

「ヒルダ…ヒルダ、どうか目を開けてくれ…」


ハリスは深い眠りについているヒルダの髪を撫でながら涙を流していた。


「いやよ…ヒルダ、お願い目を覚まして…」


マーガレットは愛しい娘に頬を擦り寄せて泣き崩れている。


「神様…どうか…どうかヒルダ様を助けて下さい…」


カミラは両手を組んで目を真っ赤に泣き腫らしていた。



そして1人、病室の外の長椅子に座るノワール。両手を組み、頭を乗せてうずくまるように座りながら、身体を震わせていた。


(頼む…ヒルダ…死ぬな…死なないでくれ…っ!)


ノワールは…どうしてもヒルダに伝えたい事があったのだ―。



****



(誰かの泣き声が聞こえるわ…とても悲しそうな…どうか…どうかそんなに泣かないで…)


ヒルダはこれ以上悲しげに泣いて欲しくなかった。重たい瞼を必死で開けると、涙を流している父、ハリスの顔が目に映った。


「ヒルダ…?ヒルダッ!目が覚めたのかっ?!」


「えっ?!ヒルダッ?!」


マーガレットが泣き濡れた顔でヒルダを覗き込んだ。


「ヒルダ様っ!」


カミラはヒルダのベッドに駆け寄った。


「あ…」


(お父様…お母様…カミラ…)


口を開いたものの、ヒルダからは声が出てこない。


「ヒルダッ?!」


騒ぎを聞きつけたノワールが扉を開けて部屋に飛び込んできた。


「目が覚めたんだな…?良かった…先生を連れてくるっ!」


ノワールはすぐに部屋を飛び出して行った―。



****


 その後、ノワールの報告を受けて慌てた様子で数名の医者と看護婦達が病室に駆けつけてきた。

ヒルダはまだ思うように身体が動かず、意識もおぼろげだった為に医者やハリス達の会話も頭にぼんやりとしか入って来なかった。


(ここは…どこなのかしら…私は何故ここに…?)


視線だけ動かすと2人の医者とハリス達が固まって話をしている。そしてヒルダは気付いた。ヒルダの傍らに椅子を寄せ、ジッとノワールがヒルダを見つめていることを。


「ノ、ノワール…さ…ま…?」


「ヒルダッ?!俺が分かるのかっ?!」


ノワールがヒルダの右手を握りしめ…目に涙を浮かべた。ノワールの目は真っ赤になっている。


(何故…そんなに悲し気に私を見るの…?)


そこへ医者がヒルダのベッドに戻ってきたので、ノワールはヒルダの手を解くとベッドから離れた。



「良かった…ヒルダさん。目が覚めたのですね?貴女は4日間も眠りについていたのですよ?」


(え…?4日も…?)


「貴女は大量に睡眠薬を摂取して、意識を失ってしまった。もう少し目醒めるのが遅ければ手遅れになっていたかもしれません。とりあえず、後数日は入院して安静にしていて下さい。いいですね?」


男性の医師は優し気にヒルダに語りかけた。


「は…い…」


ヒルダはそれだけ返事をするのが精一杯だった。



****


 医者と看護婦達が部屋を出ていくとすぐにハリスがヒルダの側により、声を掛けてきた。


「ヒルダ…本当に目が覚めてくれて良かった…。カミラから全て聞いた。エドガーがお前を捨てて…いや、こんな言い方は良くないな…。エドガーはアンナ嬢を助ける為に…去っていったのだろう?」


「ヒルダ…。まさか、貴女…死ぬつもりだったの…?」


マーガレットはハラハラと涙を流しながら尋ねてくる。


(死ぬつもり…?私は…死ぬつもりで睡眠薬を飲んだのかしら…?)


ヒルダにはよく分からなかった。

確かにあの時は、もう何もかもどうでも良くなっていた。いっそこのまま自分の人生に終止符を打っても良いと思えるほどに…精神が参っていた。


(だけど…私にはまだ…私の事をこんなにも思ってくれている人たちがいたのだわ…私は1人じゃなかったのね…)


その時、ヒルダは夢の中で再会したルドルフの事を思い出した。


(そうだわ…私は…ルドルフに…)


「あ…」


ヒルダは必死で声を発した。


「ヒルダ様?どうしたのですか?」


泣きはらした目のカミラが尋ねてきた。


「ル、ルドルフが…」


「「「ルドルフ?」」」


父と母、カミラが声を揃える。


「ル…ドルフが…わ、たしを…助けて…くれ…た…の…」


ヒルダはそれだけ答えると、再び眠りに就いた―。

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