第8章 5 ルドルフとの再会?

「ここは何所かしら…?」


気付けばヒルダは美しい花畑がどこまでも広がる場所に立っていた。空を見上げれば青空が広がっている。今は1月のはずなのに、少しも寒くも無く温暖な気候だった。時折吹いてくる風は心地よく、ヒルダは風を全身に受けながら目の前の素晴らしい景色に見とれていた。


「何て美しい場所なのかしら…。だけど、私いつの間にこんな処に…?」


自分のベッドに潜りこんだところまでは覚えている。けれどもそこから先は全く覚えていなかった。そして遠くのほうには美しい海が見えた。


「海…」


かつてのヒルダは海が好きだった。何故なら生まれ育ったカウベリーには海が無かったからだ。だから失意の気持ちでロータスへ越してきたばかりの頃は毎日海を見に港へ足を運んでいた。海を見ていればカウベリーを追われた辛い思い出が多少は和らいだからだ。けれども今は海を見るとどうしようもない切ない気持ちが込み上げて来る。何故なら嫌でもエドガーと一緒に海を眺めたあの頃を思い出してしまうからだ。

辛い記憶になってしまったけれども…それでもヒルダにとっての海はやはり特別なものだった。


ヒルダはふらふらと海に向かって歩き始めた時に、気が付いた。いつもなら怪我の後遺症で不自由な左足が自由に動くのだ。


「え…?何故…?」


見ると左足の傷が綺麗に消えている。


「まぁ…傷が治っているわ」


嬉しくて、海に向かって駆けだした。左足に傷を負っからは思うように歩く事すら出来なかった頃がまるで嘘の様だった。そしてヒルダは理解した。きっとこの世界は自分の願いが叶う場所に違いないと。

ヒルダはすっかりこの世界が気に入ってしまった。


「ずっと…ずーっとここで暮らしたいわ…だって…私にはもう何も残されていないから…。」


誰に言うともなしに、ポツリと呟く。


愛するエドガーはアンナと2人で何処かへ去ってしまった。両親とも完全に縁が切れてしまった。そして…かつての恋人のルドルフも…。



 その時―


「ヒルダ様」


背後から突然声が掛けられた。


「え…?」


(そ、その声は…?!)


ふり向くと、そこにはヒルダが愛したルドルフが笑みを浮かべて立っていたのだ。


「ル…ルドルフ…なの…?」


声を震わせてヒルダは尋ねた。


「はい、そうです。ヒルダ様」


ルドルフが頷いた瞬間…。


「ルドルフッ!」


ヒルダはルドルフの胸に飛び込んでいた。



「ルドルフ…ルドルフ…会いたかった…っ!」


ヒルダはルドルフの広い胸に顔を押し付け、むせび泣いた。


「ヒルダ様…すみません…」


ルドルフはヒルダ髪を優しくなでながら悲し気に言った。


「ヒルダ様…何故、ここへ来てしまったのですか?」


「え?何故?私はここへ来てはいけなかったの?」


ヒルダは涙に濡れた顔でルドルフを見上げた。


「はい、そうです…。ヒルダ様はまだここ来てはいけない方なのです。どうかお帰り下さい」


「いやよっ!どうしてそんな事言うのっ?!もう私には何も残されていないの…っ!私の居場所は…ルドルフ…貴方の隣しかないのよ…お願いだから傍にいさせて?私は…貴方を…愛しているのよっ!」


ヒルダは激しく泣きながらルドルフにしがみつく。するとルドルフはヒルダの頭をそっと撫でながら言った。


「ヒルダ様…そこまで僕を愛してくれて、ありがとうございます…。でも僕とヒルダ様では、もう住む世界が違うのです。それに何も残されていないなんて事はありません。ほら…見て下さい」


突如、ルドルフがある方向を指さした。するとそこにはベッドに横たわるヒルダが映っていた。


「え…?」


そしてベッドの傍にはカミラが泣きながらうずくまっている。


「ヒルダ様…お願いです…どうか…どうか目を開けて下さい…」


それはとても悲しげな声だった。それだけでは無かった。


「ヒルダ…ッ!私が…私が全て悪かったのだ…っ!頼むから…どうか、目を覚ましてくれ…っ!」


「うう…ヒルダ…ヒルダ…私の可愛いヒルダ…お願いよ…死なないで頂戴…」


激しくむせび泣くのはハリスとマーガレットだった。


「カミラ…それにお父様にお母様まで…?」


そして場面が変わって、薄暗い廊下が映しだされた。そこには長椅子にうずくまるように座るノワールの姿があった。


「ヒルダ…お願いだ…死ぬな…死んでは駄目だ…ッ!!」


「ノ、ノワール様…?」


ヒルダには理解出来なかった。カミラや両親が嘆き悲しむのは分る。けれどノワールが何故悲しんでいるのかは分らなかった。


「ヒルダ様…これで分りましたよね?」


「え?」


ふり向くと、いつの間にか周りの風景がかすんでいる。それどころか、ルドルフの姿も遠くなっていく。


「待ってっ!ルドルフッ!行かないでっ!」


しかし、ルドルフは首を振ると言った。


「ヒルダ様…僕はもう過去の人間なんです…ヒルダ様はどうか僕の分まで長生きして下さい。これでお別れです…」


ルドルフの背後は闇がどんどん迫り、飲み込まれようとしている。そしてヒルダの背後からは眩しい光が迫り…ついにヒルダは光に包まれた―。



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