第6章 20 再びのロータス
汽車が『エボニー』の駅に到着した。
「ヒルダ、それじゃまた年が明けたら大学で会おう。尤も…その前に会うことになるかもしれないがな?」
席を立ったノワールがヒルダに声を掛けた。
「え?ええ…そうですね」
「ヒルダ…」
背後から声を掛けてきたのはエドガーだった。
「お兄様…?」
振り向くと、ヒルダはいきなりエドガーに強く抱きしめられた。あまりの突然の出来事にヒルダだけでなく、その場にいたノワールでさえ驚いた。
「お、お兄様…?」
ヒルダは戸惑いながら声を掛ける。
「お、おい?エドガー。一体何をしているんだ?人前でむやみにそんな真似をするな」
ノワールはエドガーの肩を掴むと言った。しかし、エドガーはノワールの言葉が耳に入らないのか、ヒルダを抱きしめたまま言った。
「ヒルダ…元気でな。また…近い内に必ず会いに行くから…」
エドガーはヒルダを抱きしめながら体を震わせていた。
(お兄様…)
まるですがりつくかのようなエドガーを拒絶することはヒルダには出来なかった。
「はい…分かりました。お元気で」
エドガーに抱きしめられたまま、ヒルダは言葉を口にするとエドガーの身体が離れた。
「ああ…ヒルダも元気で…」
エドガーはまるで泣き笑いのような笑みを浮かべるとノワールと一緒に汽車から降りていった。
ボーッ…
約10分の停車時間を終え、汽車は再び汽笛を鳴らしながらゆっくりと動き出した。ヒルダは二人が降りた後、窓の外を眺めているとホームで汽車を見送るエドガーとノワールの姿が目に入った。
「あ…」
ヒルダは急いで窓枠に手を掛け、窓を開ける顔をのぞかせると2人が大きく手を振った。
「お兄様…ノワール様…」
ヒルダも大きく手を振った。やがて汽車の走る速度はぐんぐん上がり…『エボニー』の駅は遠ざかっていった―。
****
18時半―
ヒルダはアパートメントの前に到着した。
「カミラ…心配しているかしら…」
ヒルダはアパートメントの鍵穴に鍵を差し込みながらポツリと呟いた。
「あら…?」
鍵を回そうとした時、気付いた。鍵が掛けられていないことに。
「ただいま…」
そっと扉を開けながら声を掛けると、廊下からバタバタとカミラが駆け寄ってきた。
「ヒルダ様…」
カミラはヒルダをじっと見つめた。
「あ…ごめんなさい。カミラ…連絡もできずに1泊してしま…っ!」
ヒルダは最後まで言葉を発することが出来なかった。何故ならカミラが強くヒルダを抱きしめてきたからだ。
「カ、カミラ?どうしたの?」
するとカミラが涙声で言った。
「ヒルダ様…奥様から…姉のアパートメントに連絡が入ったのです…。ヒルダ様は…か、完全に…フィールズ家を出されてしまったと…」
「カミラ…」
(お母様が…カミラに連絡を入れてくれたのね…)
「ええ。そうなの…。でもあの時と今は違うわ。私はフィールズ家を出されたのじゃないの」
「え…?」
カミラがヒルダから身体を離し、首を傾げた。
「今回はね…私は自由になる為にフィールズ家を出たのよ?私を逃してくれたのは…他でもない、ノワール様なの」
そしてヒルダはにっこりと微笑んだ―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます