「ま、まさか…君までヒルダをたぶらかしたのか…？兄弟揃ってヒルダを…！」

怒りに身体を震わせながらハリスはエドガーとノワールを交互に睨みつけた。

（たぶらかすだなんて…）

エドガーはハリスの吐いた言葉に人知れず傷ついていた。エドガーはヒルダをたぶらかすつもりなどまるで無かった。どのみち、いくら思いを募らせてみても、ヒルダが愛する人物は今は亡きルドルフだけなのだから。

「随分人聞きの悪い言い方をされるのですねぇ？我々家族から半ば強引に大切な家族を奪っておいて、いざ自分の娘が奪われそうになると…今度はたぶらかすだなんて。大体、貴方は過去にヒルダを捨てたではありませんか？自分の身の保身の為にね」

ノワールは挑発的な笑みを浮かべながら言う。

「違うっ！あれはヒルダに向ける領民の怒りを抑えるためだ！ヒルダの為を思ってしたことなのだっ！」

「いいや、違いますね。貴方は何も分かっていない。ヒルダが苦し紛れについた嘘も、何故その様な事態を招いてしまったのかも…。ヒルダは自分のせいでルドルフが死んでしまったと今もずっと苦しんでいる。だが、俺は違いますよ。ルドルフが死んだ原因を作る羽目になったのは…貴方だっと思っているのでね」

「な…何だと…！」

益々顔を赤らめて体を震わせるハリスにノワールは淡々と言った。

「貴方は酷い人だ。ヒルダをこの屋敷から追い払い…後継ぎが必要になって我々家族から半ば強引にエドガーを奪い、連れ去った。そして大学に進学させてやることもせずに、あんな年上の女と強引に結婚させて…。エドガーがヒルダのことを愛しているのを知っていたからでしょうっ？！」

「く…ッ！」

悔しそうに唇を噛むハリス。

「に、兄さん…もうその辺でやめて下さい！」

エドガーはノワールに声を掛けるが、2人から恫喝されてしまった。

「黙れ！エドガーッ！」

「エドガー、お前は口を挟むな！」

「…」

ハリスとノワールから言われ、エドガーは口を閉ざすしかなかった。そしてハリスとノワールの睨み合いは続く。

「フィールズ伯爵、貴方はさらにヒルダを金持ちの貴族に嫁がせようとしていますね？実の娘なのに…エドガーに続き、今度は一体どこの年老いた金持ち貴族ですか？その貴族はヒルダを大学卒業まで面倒を見てくれるのでしょうかね？」

ノワールの言葉にエドガーはハリスを見た。

「え…？」

「…」

しかし、ハリスはその言葉に答えない。それは肯定を意味するものだった。

「そんな…まさか…」

するとノワールは言った。

「本当の話さ。エドガー。今日のパーティーの男性参加者達は…皆独身貴族ばかりなのさ。中には妻と死別した貴族だっている。何しろヒルダの美しさは、有名だからな…。彼等は若くて美しいヒルダを娶りたいと思って来ているのだよ。何しろヒルダは足の傷の事があるからな…。若い貴族達よりは年配者の貴族たちの方が寛容に受け入れてくれるだろうからな」

「義父さん！本当の話なのですかっ？！」

「…仕方ないだろう？『カウベリー』は貧しい町なのだ…領民達を守るには…」

ハリスの言葉にノワールは吐き捨てるように言う。

「…くだらない！あんな…伯爵令嬢であるヒルダを蔑ろにする発言ばかりする領民達など、守ってやる価値など無いでしょう？！それなら…俺が何とかしましょう。

貴方が金で買ったエドガーを買い戻しますよ。ついでにヒルダも買い取りましょう。」

ノワールは懐から小切手を取り出すと言った―。