第5章 7 雪の降る町並み

「サイズもあつらえた様にぴったりですね?お客様はスタイルが良いですから、どこも直しが必要ありませんね」


女性店員は満足そうに言う。


「ああ、そうだな。では早速このドレスを買う事にしよう」


ノワールの言葉にヒルダは驚いた。


「あ、あの!ノワール様!」


しかし、ノワールはヒルダの言葉が耳に入らないのか、言った。


「よし、では次にこのドレスに合う靴とバッグ、それにアクセサリーか…この店で全て揃えられるか?」


「はい、勿論でございます!」


嬉しそうに返事をする女性店員。


(駄目だわ、流石にそこまで買ってもらう訳にはいかないわ!)


ヒルダは慌てた。


「あ、あの。靴もバッグもアクセサリーも大丈夫です。それ位持って…」


「ヒルダ」


そこへノワールがヒルダの言葉を遮るように言った。


「お前は俺の言う事を聞く義務がある。…それを忘れるな」


「!は、はい…」


そこまで言われてしまえば、ヒルダは頷かないわけにはいかなかった―。




****


「お買い上げ有難うございました」


女性店員に見送られ、店を出る頃にはすっかり夜になり、積もってこそいなかったが雪は本降りになっていた。2人で駅を目指して歩きながらノワールがポツリと言った。


「どうりで寒いと思った…」


そしてヒルダのドレスやバッグ、アクセサリーが入った大きな紙袋を両手にぶら下げ、白い息を吐きながら空を見上げた。


「はい。そうですね…」


寒そうにしているヒルダを見るとノワールは言った。


「雪も降っているし、荷物も多いからな…電車では無く、タクシーで帰ろう」


「え?!で、でもそれではお金が…」


ノワールは先ほどヒルダの買い物で金貨を2枚支払っていた。そのお金はヒルダのアルバイト代の2か月分に相当する。そのうえ、タクシーを使って帰るとすると、恐らく最低でも銀貨3枚は掛かってしまうだろう。


「ヒルダ、前にも言ったが俺はペンネームを使って小説を書いている。かなり印税を貰っているんだ。金の心配はする必要は無い」


「でも…」


尚も言いよどむとノワールが言った。


「もし、少しでも悪いと思う気持ちがあるなら…エドガーに手紙を書いてやってくれるか?」


「え?お兄様にですか?」


「ああ、そうだ。エドガーはヒルダからの手紙を待っているはずだ」


「で、ですが…お父様は私とお兄様が親しくするのを…」


しかし、ヒルダはそこで言葉を切った。何故ならノワールが非難めいた目でヒルダをじっと見つめていたからだ。


「…すみません。お手紙…書きます」


「ああ、そうだ。書いた手紙を俺に渡してくれればエドガーに渡す。後3日で大学は冬季休みに入るからな…2日後の午後4時、ゼミの教室で待ってるからその時までに手紙を書いておけよ」


「はい…」


いつの間にか2人はタクシー乗り場へ来ていた。既に乗り場には何台かのタクシーが客待ちで列をなしていた。そして2人はタクシーに乗り込むと運転手が行き先を尋ねてきた。


「どちらまででしょうか?」


「ヒルダ、住所は何処だ?」


「え…?ロータスの5番街の110番地です…」


「そこまで頼みます」


ノワールは運転手に言った。


「かしこまりました」


そしてタクシーは滑るように走り出した。




 重苦しい沈黙の中、ヒルダは隣に座るノワールをチラリと見た。ノワールはじっとタクシーの窓から外を眺めている。車窓からはすっかりクリスマス一色に染まった町が見えた。


(とても美しい光景だわ…)


ヒルダはノワールを横目で見ながら、密かにそう思うのだった―。

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