第5章 8 初めての出会い

「どうもありがとうございました」


タクシーがヒルダの住むアパートメントの前に停車した。ヒルダがタクシーのドアを開けて降りるとノワールが運転手に声を掛けた。


「すぐ戻るので少しだけ待っていて頂けますか?」


「はい、承知致しました」


(え…?ノワール様…?)


ヒルダが小首を傾げると、ノワールがヒルダの買い物が入った紙バッグを両脇に抱えてタクシーから降りてきた。


「1人ではこの荷物をアパートメントに持っていくのは大変だろう?俺が運ぶ」


確かに、道は既に雪が薄っすらと積もり、足の不自由なヒルダにとっては歩きにくい状態になっている。


(ここは素直に甘えたほうが良さそうね…)


「ありがとうございます」


ヒルダは頭を下げた。


「別にこれくらいどうって事は無い。行くぞ」


「はい」


そしてヒルダの後に両手に紙バッグを持ったノワールが続いた。




 玄関前に立って、鍵を開けた。


「ただいま」


声を掛けながら扉を開けると、部屋の奥からカミラが現れた。


「お帰りなさいませ。ヒルダ様。…え?」


カミラはヒルダの背後に立っている背の高いノワールを見て戸惑った。


「あの、そちらの方は…」


するとノワールが言った。


「はじめまして。俺はノワールと言います。ヒルダと同じ大学のゼミ生です。今日は2人で買い物をしてきたので遅くなってしまいました」


そしてヒルダの脇をすり抜けて、大きな紙バックを床の上に乗せると言った。


「それでは失礼致します。またな、ヒルダ」


それだけ言うと、ノワールはすぐに出ていってしまった。


バタン


扉が閉まり、ヒルダは慌てた。まだろくにお礼も言えていなかったのだ。


「あ、待って下さい!ノワール様!」


ヒルダは慌ててノワールの後を追って扉を開けた。



「ノワール様!」


ヒルダがアパートメントの外に出ると、丁度ノワールは先程のタクシーに乗り込むところだった。ヒルダが近づこうとするとノワールが言った。


「ヒルダ、雪が酷くなってきた。すぐに部屋へ戻れ。風邪引くぞ」


それだけ言うと、ノワールはタクシーに乗り込む。


「あ、あの!私お礼を…!」


しかし、扉はバタンと閉められ、タクシーはそのまま走り去ってしまった。


「ノワール様…」


ヒルダは雪の中、走り去っていくタクシーを黙って見つめていた―。



****


「ふぅ…」


ガチャリと扉を開けて部屋に入ると、そこには心配そうに立っているカミラの姿があった。


「カミラ…」


「ヒルダ様、今の方は…どなたですか?それに、この紙バッグは…?」


「分かったわ。全部…話すわ」


ヒルダはため息をつくと言った―。




「え?!あの方は…エドガー様の本当のお兄様なのですか?!」


カミラが食事をテーブルの上に並べている手を止めた。


「ええ、そうなのよ…」


ヒルダは薪ストーブの上で温められたブイヤベースをスープボウルによそいながらため息をついた。


「ノワール様の家族…ハミルトン家の人達は…フィールズ家を酷く恨んでいるの。だから私は彼の言うことを聞いて…私で出来る罪滅ぼしはしていきたいと思っているのよ」


ヒルダはポツリと言った。


「ヒルダ様…」


カミラはそんなヒルダを悲しげな瞳で見つめていた―。 

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