第4章 14 ヒルダへの想い

 馬車が走り出すと向かい側の席に座ったエドガーがすぐに声を掛けてきた。


「ヒルダ、今日はこの後何か用事があるのか?」


「いいえ、何もありません。家に帰るだけですが」


「そう…か…」


エドガーは少し考え込む素振りをするとためらいがちに言った。


「ヒルダ…その、もしよければこのまま2人で何処かへ出掛けないか?俺の故郷の町を案内してあげたいんだが…」


「お兄様…でも宜しいのですか?今日はお母様の誕生パーティーですよね?」


「あ、ああ。そうなんだけど…もともと今夜は実家に泊まる予定だったんだ。帰るのは明日だから多少遅くなっても構わないさ」


「え?それではノワール様も泊まっていかれるのですか?」


「勿論…そうだ」


エドガーはヒルダの口からノワールの名前を聞いて再び暗い気持ちになった。


(またヒルダはノワール兄さんの事を気にしている…やはりヒルダと兄さんは…?)


エドガーはヒルダとノワールの関係を気にする自分に嫌気がさしていた。もう自分には妻がいるのだ。それなのに未だにヒルダへの思いを捨てきれず、自分の妻に触れることすら出来ない…そんな自分が情けなく思った。


(馬鹿だな…俺は…。ヒルダの事はとっくに諦めなければならないのに…いつまでも未練たらしく…)


一方、ヒルダは自分がノワールの話を持ち出してからエドガーが暗い表情で黙ってしまった事が気になって仕方がなかった。


(どうしよう…お兄様は私とノワール様の事を勘違いしているのかもしれない…)


再びノワールの言葉がヒルダの脳裏に浮かぶ。


『エドガーの気持ちを踏みにじるなよ』


(ノワール様…!)


そこでヒルダはエドガーに声をかけた。


「あの…お兄様。私にこの町の観光案内をして頂けますか?お兄様と一緒にお出掛けしたいです」


途端にエドガーの顔に笑みが浮かぶ。


「ヒルダ…いいのか?すぐに帰らなくても」


「はい、元々カミラには何時に帰れるか分からないと伝えてあるので」


「そ、そうか…それなら良かった」


少し頬を赤く染め、嬉しそうにしているエドガーを見てヒルダの胸はズキリと傷んだ。


(私が…フィールズ家がお兄様から幸せを奪ってしまったんだわ…だから私が出来る範囲内でも罪滅ぼしをしなければ…)


ヒルダは心に誓った―。




****


 馬車が『エボニー』へ到着し、2人は馬車から降りた。


「ヒルダ。この駅の近くには油絵の美術館があるんだ。そこへ行ってみないか?」


「美術館ですか?良いですね。私、絵を見るのが大好きなんです」


ヒルダは笑顔で答えた。


「そうか、それは良かった。それじゃ早速行ってみよう」


「はい」


そして2人は美術館へ向かった。



「足の具合は大丈夫か?」


歩きながらノワールが心配そうに声を掛けてきた。


「はい、大丈夫です。馬車に乗って少し休めることが出来ましたから。それにリハビリの為にも多少は歩かないと」


「そう…か…俺に医学の知識があったら…ヒルダの足の痛みを緩和する方法を探したんだけどな」


ポツリと言ったエドガーの言葉にヒルダは思わずその名が口から出てしまった。


「ルドルフ…」


「え?」


エドガーが驚いたようにヒルダを見た。


「あ!す、すみません!」


(どうしよう…お兄様の前でルドルフの名を口にしてしまったわ…!)


ヒルダは恐る恐るエドガーの様子を伺うがさほど気にかけている様子には見えなかった。


「?何故謝るんだ?それより、ヒルダがもう大丈夫なら…ルドルフの事を話してもらいたいな。俺は彼の事を友人だと思っていたからね」


そしてエドガーは笑みを浮かべてヒルダを見つめた―。

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