第3章 8 対称的な2人
「顔色が悪いわ…ねぇ、ノワールに何か酷いことを言われたんじゃないの?許せないわ…今日会ったばかりのヒルダをこんなに怯えさせて…最低な男だわ」
ヒルダとノワールの関係を何も知らないドロシーは彼が自分よりも年上であるにも関わらずぞんざいな言い方をして非難した。
「いいのよ、ドロシー。私はあの人に責められて当然の立場に置かれているのだから…」
ヒルダはドロシーに言った。
「え?それは一体どういう意味なの?」
「…」
しかし、ヒルダはそれには答えず悲しげな顔を浮かべた。
「あ!ご、ごめんなさい。私ったら…今日知り合ったばかりで、そんなに何もかも話せるはずないわよね?悪かったわ」
ドロシーは慌てたように頭を下げた。
「ううん、違うの。そういうわけじゃないのよ?ただ話が複雑で何から話せばよいか分からなくて…。その内話せるようになると思うから…それまで待っていてくれる?」
ヒルダはこの話をむしろ誰かに相談したいと思っていた。
「ええ。分かったわ。私、ヒルダから相談してもらえる日を待ってるから」
ドロシーは笑みを浮かべてヒルダを見た―。
****
その後、午後1時半から再び新入生を対象にしたオリエンテーリングが始まり、全て終了したのは午後4時を回っていた。
「ふ〜…大学生活初日とは言え…なかなかハードな1日だったわね」
階段教室を出るとドロシーがヒルダに声を掛けてきた。
「ええ、そうね。確かに今日は少し疲れたわ」
「ヒルダは何処に住んでるの?」
並んで歩きながらドロシーが尋ねる。
「私は『ロータス』に住んでいるの。この大学までは汽車とバスに乗ってきたわ」
「ふ〜ん…貴女は自宅から通ってきていたのね。私は寮に入っているのよ」
「そうだったのね。寮生活はどう?」
「ええ、とても快適だわ。そうだ、ヒルダ。今度是非遊びに来てよ。この大学の寮は1人部屋だから気兼ねなく泊まれるわよ。友人1名までなら泊めて上げることが出来るの」
「それはいいわね…」
話しながら歩いていると、2人はいつの間にか校舎の外まで出ていた。
「ごめんね。ヒルダ、今日はここまでね。これから学生支援課に行かなければならないの」
ドロシーがヒルダに言った。
「学生支援課?そこは何をする場所なの?」
「学生にアルバイトを紹介してくれる課なのよ。私、割の良い家庭教師のアルバイトの仕事を探しているの。あまり家からの仕送りを便りたくないのよ。ただでさえ兄達から女のくせに大学へ行くなんて…って目をつけられているから」
「そう…」
ヒルダはドロシーの言葉を暗い気持ちで聞いていた。先程のノワールが自分に向けて言った言葉が脳裏に蘇ってくる。
『実の娘は女のくせに大学に入学してくるのだからね』
(やっぱり私は…お兄様を踏み台にしてしまったのね…)
「ヒルダ、どうかした?」
不意にドロシーから声を掛けられて、ヒルダはハッとなった。
「あ、ご・ごめんなさい」
「…やっぱりノワールに何か言われた事が引っかかっているのね…ヒルダ。悪いことは言わないわ。もう彼とは関わらないことよ」
「ええ…そうね…」
(きっとあの人もそう思っているはずだわ)
「それじゃ、私は学生支援課に行くから。また明日ね」
「ええ。また明日」
ヒルダとドロシーはその場で別れ、ヒルダは正門目指して足を引きずるように駅を目指した―。
****
17時半―
ヒルダがアパートメントの鍵を開けて帰宅した。
「ただいま」
するとすぐに部屋の奥からカミラが姿を見せた。
「お帰りなさいませ、ヒルダ様。もう食事の支度は出来ておりますよ。」
「ありがとう、荷物を置いてくるわ」
ヒルダは部屋に荷物を置くと、すぐにリビングに顔を出した。既にテーブルの上には料理が並んでいる。テーブルの上にはムニエル、グラタン、スープにサラダが並べられている。
「まぁ、どれも美味しそう…ムニエルなんて珍しいわね?」
するとカミラが言った。
「ええ、実は買い物に行った時に偶然アレン先生にお会いしたのです。それで一緒に魚を買って、さばき方をここで教えて頂いたのです。それにしてもアレン先生はお料理が得意なのですね。驚きました」
いつになく饒舌に話すカミラの話をヒルダは上の空で聞いていた。
「ヒルダ様?何かあったのですか?」
そんなヒルダの様子に気づいたカミラが声を掛けてきた。ヒルダは一瞬迷ったが、今日の出来事を素直に話すことにした―。
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