第3章 7 ノワール
「そ、それは…」
エドガーに大学進学を勧められたから…とは、ノワールの前ではとても言い出せなかった。ヒルダはエドガーが学者になりたかった事すら知らなかったのだから。
「確かに君の境遇には…同情する余地はあるよ。悪い女のせいで、左足に大怪我を負ったのも…一時は父親に縁を切られ、故郷を追い出されたのも…恋人だって殺されたんだろう?その女の母親にさ」
「…」
ヒルダは何も言えなかった。
「だが今の君はどうだ?父親との仲は元通りになり、故郷にも帰れる身分になった。しかも女性の身でありながら大学にだって通わせてもらっている。なのにエドガーは?弟はね、本当に君のことを思っていた。君に恋人がいても自分の気持ちを押し殺していただろう?大学だって進学したかったのに…仕事ばかりさせられて、挙げ句に自分よりもずっと年上の評判の悪い一族の年増女を妻にさせられてしまったエドガーの苦悩が…ヒルダ、君に分かるのか?」
ノワールは厳しい目つきでヒルダを指さした。
「!」
「とにかく…ヒルダ。俺は君が嫌いだ。君だけじゃない…フィールズ家を…『カウベリー』に住む領民達全てが憎い。まさかこんな所でヒルダに会うとは思わなかったけどね」
ノワールは席を立つと、冷たい声で言った。
「せいぜい、4年間…大学生活を楽しむといいよ。可哀想なエドガーの分までね」
そして美しい笑みを浮かべると、席を離れていった。
「…」
ヒルダは遠ざかる背を悲しげな目で見つめていると、ドロシーがこちらへ向かって駆け寄ってきた。そして先程までノワールが座っていた席に着席すると言った。
「大丈夫だった?あの男に何か嫌な事を言われたんじゃない?顔色が真っ青よ?」
心配そうにヒルダの顔を覗き込んできた。
「い、いいえ…。だ、大丈夫よ…」
しかし、ヒルダの顔は真っ青だった。
「何が大丈夫なの?今にも倒れそうよ?熱でもあるのかしら?」
ドロシーはヒルダの額に手を当て、もう片方の手を自分の額に当てる。
「う〜ん…熱は無さそうね…。それより、あの男と一緒にいた男子学生に聞いたんだけど、あのノワールって男はとても優秀らしいわ。彼は理系の学生らしくて、いつも試験では一番の成績で、学生の身でありながら既にいくつか論文を発表しているらしいのよ」
「…随分詳しいのね?」
ヒルダは目を見開いた。
「ええ、さっきまでノワールの連れの男子学生と一緒にいたからね…。どこか行ってほしかったのに私と同じ席に座って、勝手にべらべらと、ノワールについて話し出すんだから…いい迷惑だわ」
ドロシーは腕組みすると口を尖らせた。
「そう…そんなに優秀な方だったのね…」
(それほどまでに優秀な方がお兄様の事を褒めるのだから…相当お兄様は頭が良い方だったのね…。学者になりたかったのに…私達のせいで…その夢を潰してしまった…)
ヒルダの胸の内は罪悪感でいっぱいになった―。
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