第1章 21 カウベリーの最後の夜
その夜―
ヒルダは夜寝る前の日記を付けていた。日記をつける習慣が出来たのはルドルフと
の交換日記がきっかけだった。2人で始めた交換日記はルドルフが亡くなった今でも続いていた。始めはルドルフに宛てた手紙のような内容だったが、今ではその日のうちに起こった出来事、そしてその事について自分の思ったことや感じたことを書いていた。ヒルダは日記をつけるようになり、文章を書くのが好きになっていた。
(私は将来文章を書く仕事をしてみたいわ…子どもたちに夢を与えられるような絵本作家なんていいかも)
ヒルダはルドルフとの将来が終わってしまった今、もう自分は結婚する事は無いだろうと考えていた。ルドルフ意外の誰かと結婚という事自体、考えられなかった。
ヒルダには夢があった。ルドルフと結婚し、男の子と女の子の母親になるという夢が…しかし、その夢はルドルフの突然過ぎる死で閉ざされてしまった。
(私はもう家庭をもつことは無い。だから子供を持つことも無いわ…。)
だからこそ、絵本作家になって子どもたちに関わる仕事をしてみたいと考えていたのだ。
「ふぅ…」
日記を書き終えたヒルダはペンホルダーにペンを戻すとパタンと日記帳を閉じて、ライティングデスクから離れると窓の外を眺めた。窓の外から見える木々は真っ黒なシルエットとなり、風でざわざわとざわめいている。空を見上げれば輝くような銀河が広がっていた。
「本当に…『ロータス』とは全く違う景色ね…」
ヒルダはポツリと呟いた。ヒルダは自分の故郷である『カウベリー』が大好きだった。自然に囲まれた美しい景色、夜には手に届きそうな満点の星空…それらは大都会の『ロータス』では決して味わえないものだった。
だが…。
「私は…もうここには帰って来ないほうが良いのかもしれないわね…」
ヒルダは悟った。あの教会消失事件の時から…自分は犯人では無かったのだが、あれがきっかけでヒルダは『カウベリー』の人々からすっかり嫌われてしまったのだ。
ルドルフの葬式の時に投げかけられた心無い言葉…あれはその場がお葬式だったからと言われれば納得出来る。だが、ルドルフが亡くなって1年半経過した今でもヒルダは領民達に嫌われているという事実を知ってしまったのだ。
その時―
コンコン
部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「はい」
ヒルダは振り向くと扉に向かって声を掛けた。すると扉の外で声が聞こえた。
「ヒルダ、俺だ」
その声はエドガーだった。ヒルダは扉へ向かうとガチャリとドアを開けた。するとそこに何処か思い詰めた表情のエドガーが立っていた。
「まぁ…お兄様、どうされたのですか?」
「いや、それが明日…ヒルダに別れを告げることが出来なくなってしまったんだ」
エドガーの言葉にヒルダは怪訝そうに首を傾げた。
「まぁ、そうだったのですか?それで私にわざわざそれを告げにいらしたのですか?」
「ああ、そうなんだ」
エドガーは寂しげに笑っている。
「ヒルダ…身体に気をつけてな…」
エドガーはヒルダの柔らかい金の髪を撫でると言った。
「はい、お兄様も…」
ヒルダはエドガーをじっと見つめた。その美しい姿にエドガーの心は締め付けられそうになるほど切なくなる。思わず強く抱きしめ、自分の胸にヒルダの顔を押し付けたくなる衝動を必死で押さえるとエドガーは言った。
「それじゃ、元気でな」
そしてエドガーはヒルダの頭を撫でると、背を向けて月明かりに照らされた廊下を歩来さって行った。
エドガーがヒルダの部屋を訪れたわけ…それはハリスから命じられたからだ。明日はヒルダの前に姿を見せるなと…。
(ヒルダ…今度こそ本当に俺は…お前を諦めなくちゃいけないようだ…)
エドガーは辛い胸の内を押し殺し、自室へ向かった―。
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