第1章 19 耳を疑う話

「お父様…お帰りさないませ」


何も知らないヒルダはハリスに挨拶をした。


「ああ、ただいま。ヒルダ」


ハリスは言うと、エドガーを見た。


「エドガー、一体ここでヒルダと何をしていたのだ?」


「そ、それは…」


思わずエドガーは言いよどんだ。その様子を目にしたヒルダが代わりにハリスに説明した。


「お父様、今夜は私がこの屋敷で過ごす最後の夜なのでお兄様とダンスを踊っていたのです。それだけのことですけど?」


するとハリスが言った。


「そうだったのか。よし、分かったヒルダ。お前はもう部屋へ戻って休みなさい」


ハリスはヒルダの頭を撫でると言った。


「はい、お父さま。お兄様、お休みなさい」


ヒルダは2人に挨拶した。


「お休み、ヒルダ」


エドガーは笑みを浮かべてヒルダに言う。


「ああ、お休み」


ハリスはヒルダの頬にキスするともう一度頭を撫でた。そしてヒルダがホールを後にするとそこにはエドガーとハリスの2人きりとなった。


「エドガー」


ハリスの低い声がホールに響き渡る。


「はい…」


「15分後…私の部屋に来なさい」


「分かりました…」


そしてハリスはカツカツと足音を立てて部屋を出て行った。


(もう全て終わりかも知れない…)


エドガーはグッと拳を握りしめた―。




****



 15分後―


エドガーはハリスの執務室の前に立っていた。これから何を言われるのか…全く生きた心地がしなかった。エドガーは深呼吸をすると扉をノックした。


コンコン


「…エドガーか?」


扉の奥でハリスの声が聞こえた。


「はい、そうです…」


「入れ」


「失礼致します…」


エドガーはノブをカチャリと回すと扉を開けた。するとそこには書斎机に向かって何やら書類を広げて見ているハリスがいた。そして部屋に入ってきたエドガーを見ると声を掛けてきた。


「そのソファに掛けて少し待っていてくれ」


「分かりました…」


エドガーはソファに座るとハリスの用事が終わるのを待っていた。



カチコチカチコチ…


少しの間、時計の音とハリスの書類をパラパラとめくる音だけが室内から聞こえていた。


やがて…。


ハリスの仕事が一段落したのか、ギシッと音を立ててハリスが肘掛け椅子から立ち上がるとエドガーの正面のソファに座った。


「エドガー。何故ヒルダと2人きりで踊っていた?それとも以前も一緒に踊ったことがあるのか?」


「いいえ…初めてです」


「そうか、ならもう一つ尋ねる。アンナ嬢から結婚を取りやめたいと申し出ているそうだな?」


「はい…」


エドガーは俯いたまま返事をした。


「ひょっとしてヒルダが原因なのか?お前はひょっとするとアンナ嬢を傷つけるよう事をしたのか?」


エドガーはハリスの思いもかけない言葉に衝撃を受けた。


「!いいえっ!まさか!そんな事するはずないではありませんか」


エドガーはそこだけは、はっきりと否定した。エドガーは本当に気付いていなかったのだ。アンナにヒルダへの気持ちを知られているということに…。


「エドガー。今日貴族会議で集まったメンバーから噂話を聞かされたのだが…アンナ嬢は今現在一緒に留学をしている遠縁の令息と…婚約を考えているらしい。お前との婚約を解消してな。もう話が進み始めているそうだ」


「え…?」


エドガーはその話に耳を疑った―。












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