第1章 15 意地の悪い客達

 ヒルダとカミラはスコットに御者を頼み、『カウベリー』の駅前通りにやって来ていた。ここには数少ないカウベリー土産が売っている店が立ち並んでいたからである。


「それじゃスコットさん。すみませんがここで待ってて貰えますか?」


木陰の下で馬を繋いだスコットにヒルダは声を掛けた。


「ええ、どうぞ。お気になさらずに買い物に行って来て下さい。僕はここで馬の世話をしていますので」


スコットは馬にブラッシングをあてながら返事をした。


「ではスコットさん。お願いします」


カミラはスコットに声を掛けるとヒルダを見た。


「ヒルダ様、参りましょう」


「ええ」


そして2人はスコットに手を振ると、土産物店へ向かった。





「ヒルダ様、あのお店に入ってみませんか?」


歩きはじめて数分後、カミラがヒルダに声を掛けた。そこは特に女性向けお土産店として人気の高い御店だった。


「そうね。あの店ならすぐにお土産が見つかりそうだわ」


ヒルダもカミラの意見に賛同し、2人はその店を目指した。



カランカラン


 赤い木の屋根のウッドハウスの店の扉をカミラは開けた。店の中のウィンドウケースには様々な商品が並べられている。店の中にいるのはヒルダとカミラ。そしてヒルダの母と左程年齢の変わらない3人組の女性達が買い物に来ていた。女性達はヒルダとカミラが店の中へ入って来ると、さっと表情が変わった。この『カウベリー』を治める伯爵家の娘であり、その人並み外れた美しさからヒルダの事を知らない領民達は1人もいなかった。それほどまでにヒルダは故郷では有名人だったのだ。

彼女達はヒルダを見て。コソコソと小声で話を始めた。


「見てごらん…ヒルダ様だよ」

「帰って来ていたんだね…」

「いつ見ても綺麗なお方だけど…」


「…」


ヒルダは背後ではっきりその言葉が聞こえていたが、黙って品物を手に取り、吟味している。カミラは女性達に苛立ちを感じていた。


(本当に感じが悪いわ…ヒルダ様がいる店内であんなにあからさまに噂話をするなんて…)


次の瞬間、カミラはとんでもない台詞を耳にした。


「やはりヒルダ様は魔性の女だったんだね。あんなに短期間であれだけの人が死んだんだから‥」


「っ!」


ヒルダの肩が大きく跳ねた。この言葉は絶対にヒルダに言ってはいけないタブーの台詞だった。


「あ、わ・私…他のお店も見て来るわ…」


「え?ヒルダ様?」


ヒルダは手に取っていたポプリの入ったガラス瓶を棚に戻すとまるで逃げるように店を飛び出してしまった。


「ヒルダ様…っ!待って下さい…っ!」


カミラが引きとめるもヒルダはもう店内にはいない。カミラは我慢できなかった。わざとヒルダの噂話をした3人の女性達を睨み付けると言った。


「一体あなた方はどういうつもりなのですかっ?!折角ヒルダ様が商品を選びにお店にやって来たと言うのに…っ!」


すると彼女たちはその事について謝罪するどころか、逆に言い返して来た。


「何言ってるのさ。事実じゃないのよ」


「そうだよ!ヒルダ様のせいでどれだけの若い子達の命が散ってしまったとおもっているんだい?!」


「ヒルダ様はこの町の疫病神さっ!」


「な、何ですって…っ?!」


カミラが言い返そうとした、その時…。


「いい加減にしないかっ!」


この店の店主が大きな声を張り上げた。それは初老の男性だった。その男性は3人組の女性達を指さすと言った。


「あんた達っ!商売の邪魔なんだよっ!出て行きなっ!」


すると女性達は驚いた顔をして店主を見た。


「な、何だって言うんだいっ!」


「あ、ああ!出て行ってやるよっ!」


「こんな店、二度と来てやらないからねっ!」


女性達は口々に文句を言いながらバタバタと走り去って行った。そして店内に残されたのはカミラと店主のみだった。


「あ、あの…」


カミラが戸惑った様子で声を掛けた。すると店主はフッと笑うと言った。


「どうもすまなかったな。嫌な思いをさせて…」


そして店主はカウンターから出てくると、さっきまでヒルダが手に取っていたポプリの入ったガラス瓶を手渡して来た。


「え…?」


「何、ほんのお詫びのしるしだよ。ヒルダ様に渡しておくれ」


「あ、ありがとうございますっ!」


カミラは商品を受け取るとヒルダの後を追う為に店を飛び出した―。






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