第4章 20 カウベリーへ向けて

 ヒルダは夢を見た。


 澄み渡る青空の下、真っ白な教会で祝福のベルが鳴っている。純白のウェディングドレスに長ヴェールを被ったヒルダがエドガーのエスコートでルドルフの待つ祭壇へとゆっくり歩いてゆく。ルドルフは白いスーツに身を包み、祭壇の前で優しい笑顔でヒルダが来るのを待っている。やがてヒルダが彼の元に到着するとルドルフはその手をそっと取ると言う。


『ヒルダ様。世界で一番貴女を愛しています。どうか一生僕の側にいて下さい。必ず貴女を幸せにしてみせます』


と―。



「あ…」


ヒルダはゆっくり目を開けた。


「夢…。」


(酷い、何て残酷な夢なの…。いっそ今自分がいる世界が夢で、さっきの夢が現実だったらどんなに良かったのに…)


するとその時、ドアをノックする音が聞こえた。


「ヒルダ様。起きてらっしゃいますか?」


「カミラ…ええ、起きてるわ」


「中へ入らせて頂きますね」


ドアの外でカミラの声が聞こえると、カチャリと開かれた。カミラは既に旅支度の姿をしている。


「カミラ‥‥その姿は…?」


ヒルダはベッドの上で虚ろな眼差しでカミラを見た。


「ヒルダ様、これから『カウベリー』へ向かいます。お手伝いしますのですぐにお仕度なさって下さい」


「カウベリーへ…?」


「はい、そうです。ルドルフ様の…葬儀が行われるからです」


「ルドルフ…」


ヒルダの青い、大きな目から再び涙が零れ落ちた。


「カミラ…わ、私‥信じたくない…ルドルフがもうこの世にいないなんて…。だ、だって私達…あんなに愛し合っていたのに…ルドルフが私を残して死んでしまうなんて耐えられないの…」


「ヒルダ様…!」


カミラはヒルダに駆け寄り、強く抱きしめた。もはやカミラにはヒルダに掛ける言葉さえ見つからなかった。カミラの腕の中で涙を流し続け、小刻みに震える姿はまさに見るに堪えない程であった。ただ…これだけはどうしても伝えなければならなかった。


「ヒルダ様、急がなければ…汽車に間に合いません。ルドルフ様の葬儀に間に合わなくなります。きっと…ルドルフ様は待ってると思うのです…」


最後の方の言葉は今にも消え入りそうだった。


(ルドルフが‥私を待っている…?)


「わ、分ったわ…。カミラ…」


ヒルダは頷くと、再び涙を流すのだった―。



カチャリ…


リビングの扉が開けられ、ソファに座っていたエドガーは顔を上げた。するとそこにはすっかり旅支度の整ったヒルダとカミラが現れた。


「ヒルダ…!」


エドガーは立ち上がり、ヒルダに近付くと言った。


「おはよう、ヒルダ。これから3人でカウベリーへ帰ろう。皆がヒルダの帰りを待ってる」


「お兄様…」


ヒルダは顔を上げてエドガーを見た。その顔は今にもまた泣き出しそうだった。


「さあ、行こう」


エドガーに声を掛けられ、ヒルダは無言で頷いた。



 アパートメントを出ると、既に入口には辻馬車が到着していた。エドガーが前日、辻馬車を手配していたからである。


「さあ、おいでヒルダ」


エドガーは馬車に乗るヒルダの手を取った。


「ありがとうございます。お兄様…」


ヒルダは小さな声で礼を述べると席に座った。ヒルダの隣にはカミラが座り、向かいの席にエドガーが着席すると御者によってドアが閉められ、馬車はガラガラと石畳の上を音を立てて駅を目指して走り始めた―。




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