第4章 16 電話をかける人物は
ルドルフの遺体を連れて最後の別れをする為にマルコと妻は泣き崩れながら自分たちの屋敷へと帰って行った。その様子を沈痛な面持ちで見送るとハリスは言った。
「ルドルフの死を…ヒルダに伝えなければ…マーガレットにヒルダの連絡先を聞いて私が直接伝えるか…」
「いえ、その役目なら私がします。ルドルフ君を死なせてしまったのは私のせいですから」
クロード警部補が言う。しかし、エドガーがそこへ口を挟んできた。
「いいえ、俺が…ヒルダに電話で伝えます」
するとハリスがエドガーに語り掛けてきた。
「エドガー。先程から気になっていたのだが…やはり、お前はヒルダの事を知っていたのか?」
その口調は…どこかエドガーをいたわる様な言い方に聞こえた。
「はい、申し訳ございません…義理の妹に当たるヒルダがどんな少女だったのかが知りたくて、どうしても会ってみたかったんです」
エドガーは本心を隠した。本当は小さな子供の頃に一度だけ会った事のあるヒルダに恋をしてしまったから会いに行ったとは口が裂けても言えなかった。
「その言い方…ひょっとしてもうすでにヒルダに会っているようだな?」
「はい…去年のヒルダの夏季休暇の時に…会いに行きました」
「ヒルダは何所に住んでいるのだ?やはり…ロータスか?」
ハリスは薄々気付いていた。ルドルフが何故『ロータス』の進学校へ転入したのかを。恐らくそこにヒルダがいるのではないかと思っていたが、どうしても尋ねる事は出来なかったのだ。何故なら他でもない、ヒルダと親子の縁を切り、『カウベリー』から追い出したのは他でもないハリスだったから。
「アンナ嬢が連れて来た少女…あれは本当はヒルダだったのだろう?」
「はい…どうしても病気で弱っている母に…ヒルダを会わせてやりたかったのです」
エドガーは俯き加減に応える。
「そうか…それでマーガレットは体調が回復したのか…」
「奥様は今はどうされているのですか?」
クロード警部補はハリスに尋ねた。
「ええ、お陰様で妻の体調はかなり回復し、今では大分ベッドから降りて過ごせるようになりました。ですが、今回のルドルフの死は…ショックを受けるはずです」
ハリスは沈痛な面持ちで答える。
「そうですか…」
クロード警部補は誰がヒルダに連絡をするのが一番良い人物かを考えていた。本来であれば、警察であり、ルドルフの死に様をこの目で見た自分が一番適しているのは分っている。しかし、クロード警部補はヒルダとは全く面識ない。となるとやはり…。
「エドガー様。ルドルフ君の死を…御令嬢に伝えて頂く役目…お任せしてもよろしいでしょうか…?」
クロード警部補はエドガーに頭を下げた―。
****
一方その頃…
1人リビングで学校の課題を勉強していたヒルダは戸惑っていた。
「変ね…?どうして突然動かなくなってしまったのかしら…?」
先程、勉強している最中に突然オルゴールを聞きたくなったヒルダは自室から持ってきたのだが、いくらゼンマイを回してみても少しもならないオルゴールを前に首を傾げていた。
「明日…時計屋さんで修理出来ないか聞いてみましょう…」
そしてルドルフから託された交換日記をパラリと開いて頬を赤く染めた。そこにはこう書かれている。
『僕の愛するヒルダ様。高校を卒業したらどうか僕と結婚して下さい』
「ルドルフ…」
ヒルダが交換日記を胸に抱きしめた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「ヒルダ様。いらっしゃいますか?」
それはカミラの姉の声だった。
「あ、お姉さんだわ」
ヒルダは椅子から立ち上がると玄関へ向かい、扉を開けた。
「ああ、良かったです。ヒルダ様。実はヒルダ様のお兄様から電話が入っていて…」
「え?お兄様からですか?分りました、すぐに行きます」
ヒルダはカミラの姉の後に続いてアパートメントを出た。
エドガーからの電話に出る為に。
しかし、ヒルダはまだ知らない。
この電話が今の幸せな自分を不幸のどん底へ突き落すと言う事を―。
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