第3章 8 オルゴールの店
病院を出た2人は馬車に向かって歩いていた。大通りに出た時に、どこからともなく美しいメロディーが流れてきた。それはこの薄汚れた町にはおよそ似つかわしくない程見事な旋律だった。
「ルドルフ・・音楽が聞こえない?」
「ええ・・そうですね。でもどこから聞こえてくるのでしょう・・?」
ルドルフはキョロキョロしながら辺りを探し・・向かい側の店から聞こえてくることに気が付いた。
「ヒルダ様、あの店から聞こえてくるようですよ。ちょっと行ってみませんか?」
「ええ、見に行きたいわ」
「なら、少し待っていてください。今御者の人に伝えてきますから」
ルドルフはすぐそばにいた御者の元へ向かうと声をかけた。
「すみません、あの向かい側の店に行ってみたいので、もう少しだけ待っていてもらえますか?」
すると御者が言った。
「ああ・・・あれはオルゴールの店ですね」
「え・・?オルゴール・・?」
「はい、ここ『ボルト』はオルゴールが特産品なのです。工房もたくさんありますが、若手の職人が不足しているそうですね」
「そうなんですか・・・」
「オルゴールは若い女性に大変人気がありますからね。お連れの女性にプレゼントですか?」
「プレゼント・・・」
(そうだ、僕は・・・まだ何もヒルダ様にクリスマスプレゼントをあげていない。防寒用品を考えていたけれども・・女性が好みそうな品物の方が良いかもしれない)
「どうされましたか?」
御者はルドルフが考え込んでしまったので声をかけた。
「いえ、何でもありません。ありがとうございます!」
ルドルフは礼を言うと、ヒルダの元へと走った。
「ヒルダ様!お待たせしました。」
「まあ、どうしたの?ルドルフ。そんなに慌てて・・・」
駆け寄ってきたルドルフにヒルダは尋ねた。
「ヒルダ様、聞いて下さい。あの店はオルゴールを売っているお店らしいです。見に行きませんか?」
「オルゴール?それは素敵ね・・ぜひ見たいわ」
笑顔になったヒルダにルドルフは言った。
「では、行ってみましょう?」
ルドルフはヒルダの手をしっかり握りしめると、2人は店に向かった―。
カランカラン
ドアベルが鳴り、2人は店の中へ足を踏み入れた。店内にはオルゴールの音色が流れている。2人が耳にしたのと同じ曲だった。
店の中には客は1人もおらず、壁に取り付けられた棚には大小様々なオルゴールが並べられている。
「うわあ・・・可愛い・・・。」
ヒルダはグランドピアノの形をしたオルゴールを見ると、うっとりした目つきをした。
(フフ・・・このピアノを見ると・・昔の事を思い出すわ・・)
カウベリーに住んでいた頃のヒルダはピアノが得意な少女だった。ピアノレッスン用の専用部屋には真っ白なグランドピアノが置かれ、ヒルダはそこで良くピアノを弾いていた。でも・・・それもとうに過ぎ去ってしまった昔の事。足を怪我してからは、ヒルダはピアノから遠ざかっていたのだ。
「ヒルダ様。このオルゴール・・気にいったのですか?」
突如ルドルフは背後からヒルダに尋ね来た。
「え?ええ。かわいらしいオルゴールだと思ってね」
ヒルダは慌てたように棚にオルゴールを戻した。本当は買いたいと思ったのだが、値段を見て思いとどまったのだ。
(まさか・・あのオルゴールが・・・銀貨2枚もするなんて・・・)
銀貨2枚と言えば、ヒルダとカミラの生活費の半月分に該当する。お金が無いわけでは無かったが、将来の為になるべく生活に必要なもの意外は買うのをヒルダは控えていたのである。
(別にオルゴールが無くても生活には困らないもの・・・私にはルドルフがいてくれるだけで十分よ・・・)
そしてルドルフをそっと見上げて、ヒルダは胸を高鳴らせていると不意にルドルフが見下ろして、ヒルダが戻したオルゴールを手に取った。
「どうしたの?」
「ヒルダ様・・このオルゴール・・僕にクリスマスのプレゼントにさせて下さい」
「え、で、でも・・・すごく高いわ。こんな高級なもの・・・」
しかしルドルフは言った。
「お金なら気にしないで下さい。これでも僕は・・貴族になったのですから。ヒルダ様のお陰で・・・」
「ルドルフ・・あ、ありがとう・・・」
ルドルフはオルゴールを持って、誰もいないカウンターへ行くとベルを鳴らした。
チーン
すると奥から年老いた男性が現れ、2人を見ると驚いた。
「これはまた・・・何とも身なりの良いお客さんだ・・もしかしてオルゴールをお買い上げで?」
「はい、このピアノのオルゴールを下さい」
ルドルフが躊躇なくカウンターに銀貨2枚を置くと、店主は驚いた。
「ま、まさか・・『ボルト』でオルゴールが売れるとは・・・すぐに包みます」
「待って」
するとヒルダが言った。
「このまま・・・ください。馬車の中で見たいから・・」
ヒルダは頬を染めながら恥ずかしそうに言った―。
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