第2章 28 知らなかったこと

 すっかり薄暗くなった病院の廊下をルドルフとヒルダは歩いていた。


「ウ・ウ・・。」


ヒルダは泣きながら歩いている。


「ヒルダ様・・すみませんでした・・。」


ルドルフはヒルダの肩を抱き寄せながら言う。


「いいえ・・・違うの・・ルドルフのせいじゃないわ・・・。た、ただ・・ノラさんがあまりにも・・き、気の毒で・・。」


心優しいヒルダは自分がされた仕打ちも忘れて可哀そうなノラを思って泣いた。


「ノ、ノラさんだけじゃ・・ない・・わ・・。コリンさんも・・あんな辛い環境に置かれて・・私たちと同じまだ17歳なのに・・・。」


「ヒルダ様・・・でも・・彼らは・・・ああなる運命ったんです・・そう思うしかありません・・。だけど・・あの教会の火事の事件さえ無ければ・・ヒルダ様の運命も・・ノラもコリンも・・イワンだって死なずに済んだかもしれないんです・・・。何もかも全部あの傲慢なグレースのせいで・・皆が不幸に・・・だ、だけど・・!」


突然ルドルフがヒルダを力強く抱きしめると言った。


「すみません!ヒルダ様・・・。僕が全ての元凶です。ヒルダ様が好きで・・貴女に関わったばかりにグレースに目を付けられ・・大怪我を負ったのも、火事の事件に巻き込まれたのも・・僕が関わらなければ・・ヒルダ様も・・み、皆も・・・。」


ヒルダの髪にルドルフの熱い涙が次から次へと落ちてきた。


(ルドルフが・・・泣いている・・!私が、私が・・ルドルフを困らせて・・?)


「ルドルフ・・お願い・・自分を責めないで・・・。」


ヒルダはルドルフの背中にしっかり腕を回し、胸に顔をうずめると言った。


「ヒルダ様・・・。」


ルドルフはヒルダを抱きしめたまま泣き続けている。


「ルドルフが・・・私に関わろとしなくても・・私の方から貴方に関わっていたわ・・。だって・・初めて貴方に出会った時から・・ずっと私は貴方の事が好きだったのだから・・。」


「!」


ルドルフはその言葉に耳を疑った。


「ヒルダ様・・・今の話・・本当ですか・・?」


ルドルフはヒルダから身体を離すと、じっと見つめた。


「本当よ・・だから・・自分を責めないで・・?」


ヒルダの目にも再び涙が浮かんでいる。


「ヒルダ様・・・っ!」


再び、ルドルフはヒルダを強く抱きしめ・・・2人は暗い廊下で少しの間、お互いを抱きしめあって涙した―。





「おや?あんたたち・・面会は終わったのかい?」


受付に戻ると、そこには先ほどの老婆が座っていた。机の上にはいつの間にかオイルランプが乗っている。


「はい・・・ありがとうございました・・。」


ルドルフは力なく礼を述べると尋ねた。


「あの・・・ここは・・病院ではないのですか?見たところ・・看護婦さんもお医者様もいないようですが・・?」


すると老婆は言う。


「ここが病院?違うよ。名目上は病院になっているけどね・・要はここは感染して・・・治る見込みのない患者を収容する・・最後の場所なのさ。」


「そ、そんな・・・!」


ヒルダは顔が青ざめた。


「だから言っただろう?そんな立派な身なりをしている子たちが来るような場所じゃないと・・・。つまり、ここはねお金が無くて満足に治療を受けられることが出来ない人間が送られて来る場所なのさ・・。分かったらさっさとお帰り。結核がうつりたくなければね・・・。最も結核に感染しても・・発病するのは栄養状態や、生活環境次第だからね・・あんたたちなら感染しても発病はしないかもね。」


「随分・・詳しいんですね・・?」


ルドルフが言うと、老婆は意外な事実を口にした。


「ああ・・昔・・私は看護婦だったからね・・。」


「「え?!」」


ルドルフとヒルダは同時に声を上げた。


「今まで・・結核にかかって・・誰にも看取ってもらえず、1人寂しく死んでいった患者たちをどれほど見てきたことか・・。だから今はこんな仕事をしているのさ。最後位・・看取ってやりたいじゃないか・・。」


老婆は寂しく笑った―。






辻馬車を拾う為に病院を出た2人はすっかり暗くなった『ボルト』の町を寄り添いながら歩いていた。


「ルドルフ・・。」


不意にヒルダは声を掛けた。


「はい、ヒルダ様。」


「ルドルフ・・ここへ連れて来てくれて・・ありがとう。おかげで・・今まで自分が知らなかった事実を知る事が出来たわ・・。」


「そうですね・・。」


「私・・いつか、困った人たちを助けてあげられるような人間になりたいわ・・。」


ヒルダはルドルフに自分の思いを告げるのだった―。



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