第2章 1 デート前日の出来事

 それはルドルフがヒルダのアパートを訪ねて1週間後の事だった。

いつものように家庭教師のアルバイトから部屋に戻るとすぐに部屋のドアがノックされた。


コンコン


「はい。」


ガチャリとドアを開けてルドルフが顔を出すと、そこに寮母を努める夫人が立っていた。


「お帰り、ルドルフ。貴方に手紙が届いていますよ。」


そして白い封筒を手渡してきた。


「ありがとうございます。」


ルドルフは礼を言って受け取ると封筒の差出人を見て目を見開いた。その相手はずっとルドルフが待ち望んでいた『カウベリー』の中学校からだったのである。


「あ、これは・・!」


思わずルドルフが声を上げると寮母はクスリと笑った。


「余程待ち望んでいた手紙だったのね?それじゃ確かに渡しましたからね。」


それだけ告げると寮母はルドルフに背を向け、歩き去って行った。


「コリンとノラの居場所が分かったのかな?」


ルドルフははやる気持ちを抑え、手紙を持って机の前に座るとペーパーナイフで封筒の上部をピッと切り裂いた。そして封筒の中から4つ折りにされた便箋を取り出すと、それを広げてすぐに目を通した。

そこにはルドルフの近況を知り、教え子が名門校に通っている事を誇らしく思うとの内容が手紙に書かれていた。そしてルドルフが待ち望んでいたコリンとノラの事についての記述も記されている。


「え・・?コリンもノラも・・『ボルト』の町で就職したのか?知らなかった・・。」


『ボルト』という町は『カウベリー』から電車で1時間ほどの場所にある町で、比較的大きな町である。そしてここには多くの工場が立ち並び、中学を卒業すると大体ほとんどの平民出身の子供たちは『ボルト』にある工場で働くのが常なっていた。そしてノラは紡績上場、コリンは製紙工場で働いていることが分かった。


「『ボルト』か・・・。そこならここ『ロータス』から電車で2時間ぐらいだから・・日帰りで行って帰れる距離かもしれない。工場は日曜日は休みのはずだし。よし、今週の日曜日・・『ボルト』の町へ行ってみよう。2人は多分寮生活のはずだし・・。」


その時・・・ルドルフの脳裏にヒルダの事が頭をよぎった。


「そうだ・・ヒルダ様も・・『ボルト』の町へ行くのを誘ってみようかな・・・2人が見つかった場合・・やっぱり当事者であるヒルダ様にも話を聞いて貰った方がよさそうだし・・。」


ルドルフは明日、1週間ぶりにヒルダと会う事になっていた。先週・・お互いの気持ちがはっきり分かってから会うのは初めてである。


(そうだ・・明日は僕とヒルダ様にとっての初めてのデートでもあるんだ・・。)


ルドルフは手紙を机の上に置くと、窓の外を眺めた。外はすっかり太陽が沈み、一番星が姿を現していた。


(ヒルダ様・・今、貴女は何をしていますか・・。)


ルドルフは星を見つめながら心の中でヒルダに問いかけるのだった・・・。



 その頃、ヒルダの家ではカミラと2人の夕食が始まろうとしていた。


「まあ・・今夜はご馳走ですね!」


カミラが目を見開いてテーブルの上に乗せられた料理を見た。テーブルの上にはミートパイ、グリルチキン、キッシュロレーヌ、テリーヌ、そしてサラダが乗っている。


「ええ、実は今日アルバイト先でレイチェルさんとリンダさんがお料理をたくさん作って持ってきてくれたの。お陰でお料理の手間が省けたわ。」


「ええ。そうですね。本当に皆さん親切な方々で良かったですね。」


カミラの言葉にヒルダは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「それじゃ、早速いただきましょう?」



2人が食事を始めてすぐにヒルダが言った。


「あの・・ね。カミラ。明日の事なのだけど・・・。」


「あ、そう言えば明日はルドルフさんとデートでしたよね?」


「そ、そんな・・デートだなんて・・。」


ヒルダは真っ赤になりながらフォークに差したチキンを口に運ぶ。


「明日は・・杖を持って歩かない方が・・いいわよね?杖を突いて歩いていたら・・ルドルフに恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれないから・・。」


ヒルダは既に明日のデートの心配をしていた。


「それなら大丈夫ですよ。ずっとルドルフさんと手を繋いで歩けばよいのですから。」


「え?そ、そんな・・手を繋いで歩くなんて・・・。」


するとカミラは言った。


「大丈夫です。ヒルダ様。ここはカウベリーではありません。『ロータス』なのですから・・堂々と手を繋いで歩けばよいのです。」


「堂々と・・・。」


そうだわ・・ここなら人目を気にすることも無く、ルドルフと一緒にいられるのだ・・。


そう思うと、ヒルダの心は弾むのだった―。






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