第1章 20 2人の希望

「そうだったの・・?お兄様が私の為にそんな事を・・・?」


ヒルダはエドガーからカウベリーで何が起こって親子の縁を切られてしまったのか、一度も尋ねてくることは無かった。しかし、それはヒルダに気を使って尋ねなかった事を始めて理解したのだ。


「はい、そうです。」


ルドルフは頷く。


「お兄様・・・私の事をそこまで心配して下さったのね・・・。」


ヒルダはギュッとスカートを握り締めた。しかしルドルフは知っている。エドガーは妹としてではなく、1人の女性としてヒルダを愛していると言う事を。だからこそ、何とかヒルダを助けたいと思っているのだ。

ルドルフはエドガーを尊敬している。


しかし・・。


(エドガー様・・お許し下さい・・。僕もヒルダ様を愛しているのです。だから・・ヒルダ様を貴方に渡す事は出来ません・・。)


ルドルフは愛しいヒルダの顔を見上げながら言った。


「ヒルダ様・・・あの火事からもう2年も経過してしまい・・教会は取り壊されてしまいました。そして肝心の証言をしてくれるはずのイワンもグレースも・・もうこの世にはいません。」


「ええ・・そうね・・・。」


ヒルダは悲し気に目を伏せた。


「でも、安心してください。ヒルダ様。」


ルドルフは笑みを浮かべると言った。


「え・・・?」


「あの火事の現場には・・・まだコリンとノラがいました。あの2人は中学校を卒業してからはそれぞれ家族と一緒にカウベリーを出たそうですが、彼らは学校の紹介で就職したのです。僕は学校に問い合わせの手紙を送りました。学校で彼らの行方を教えてくれるはずです。コリンとノラに会えれば・・真相を話してくれるはずです。そしたら・・きっとヒルダ様は・・堂々とカウベリーに里帰り出来るはずです。」


すると再び、ヒルダの目に涙が浮かんだ。


「ルドルフ・・ありがとう。私の為にそこまでしてくれて・・。何てお礼を言えばいいか・・。」


「ヒルダ様、お礼なんかいりません。まずは・・学校側からの連絡を待ちましょう。」


「ええ・・そうね・・。」


そして2人は微笑みあい、その後懐かしいカウベリーの頃の話しや学校の話に花を咲かせた―。



ボーンボーン


やがて15時を知らせると時計の音が鳴った。


「あ・・ヒルダ様、すみません。僕は今日16時から・・家庭教師のアルバイトがあるのです。なのでもう行かないと・・。」


ルドルフは名残惜しそうに立ち上がった。


「まあ・・・そうだったのね。ルドルフもアルバイトをしていたのね。でも・・流石はルドルフだわ。家庭教師のアルバイトなんて・・。」


ヒルダは尊敬の目でルドルフを見る。


「ヒルダ様は何所でアルバイトをしているのですか?」


ルドルフは本当はヒルダがどこでアルバイトをしているかエドガーから聞いて知っていたが尋ねてみた。


「私は足の治療をして下さっている整形外科の先生のところで週に3回アルバイトをしているの。皆とっても良くしてくれるから私は運が良かったわ。」


「そうですか・・。今度ヒルダ様のアルバイトの話・・詳しく教えて頂けますか?」


ルドルフは立ち上がると言った。


「ええ。あの・・ルドルフ、ちょっと待ってくれる?」


ヒルダは立ち上がり、キッチンに向かい・・すぐに戻って来た。


「あの・・・ルドルフ。これ・・お土産なのだけど・・・多めにクッキーを焼いたから・・良かったら持って行って?」


そして紙袋をルドルフに差し出して来た。


「これを・・僕に・・?」


「え、ええ・・。ルドルフの為に・・焼いたから・・。」


ヒルダは恥ずかしそうに俯きながら言う。


「ありがとうございます、ヒルダ様。とっても・・・嬉しいです。」


「それじゃ・・行きますね。」


するとヒルダが言った。


「あ、あの。玄関まで送るわ。」


2人で玄関へ向かい、ルドルフはコートハンガーに掛けていたコートを羽織ると言った。


「ヒルダ様・・・また会ってくれますか?」


「え、ええ・・・私も・・ルドルフに・・また会いたいから・・。」


真っ赤になって俯くヒルダは本当に愛らしかった。つい、たまらなくなったルドルフはヒルダの肩を抱き寄せると、力強く抱きしめた。


ヒルダの髪は・・・とても柔らかく、良い香りがした。その髪に顔をうずめるとルドルフは言った。


「ヒルダ様、愛しています。」


と―。




 



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