第11章 8 ヒルダの帰郷 8

 コンコン


部屋のドアがノックされ、カチャリとドアが開かれた。


「やあ・・・アンナ嬢。遊びに来てくれていたのだね?」


ハリスがニコニコしながら部屋の中に入って来た。


「はい、ハリス様。お邪魔しております。」


アンナは席を立つと、ドレスの裾をつまんで優雅に挨拶をした。


「ハリス様、お久しぶりでございます。」


コゼットも席を立つと丁寧に挨拶をした。


「ほぉ・・ますますアンナ嬢は優雅に振る舞えるようになったね?おや?ところで・・。」


その時、ハリスはテーブルの上のティーカップに気付いた。


「何やら・・カップが一つ多いようだが・・一体どうしたのだね?」


「あ、あの・・・それは・・。」


アンナは焦った。


(どうしよう・・・慌てていてカップを隠しておくのを忘れてしまったわ。)


するとハリスの背後にいたエドガーが声を掛けた。


「実は、つい先ほどまでアンナ嬢の友人が来ていたのですが父上が帰宅する前に帰られたのです。」


「何?客人が来ていたのか?そうか・・アンナ嬢の友人か・・帰ってしまったのか?それは残念だったな・・どれ、少し私もここでお茶を飲んでいこうか。」


ハリスがヒルダの席に座ろうとしたとき・・。


「父上っ!」


エドガーがハリスを呼んだ。


「な、何だ?エドガー。そんな大きな声を出して・・・。」


驚いたハリスはエドガーを振り向いた。


「申し訳ございません。実は母上の体調が回復してきたのです。つい先ほどベッドから起き上がれるようになりました。」


「なんと?!それは本当の話かっ?!」


ハリスは驚き、立ち上がった。


「はい・・・すぐにでも母上に会いに行って下さい。」


「ああ・・そうだな。」


するとアンナが口を開いた。


「あの、ハリス様。私達もそろそろお暇させて頂きます。」


「そうか?では・・お父上とお母上に宜しく伝えて下さるか?」


ハリスは笑みを浮かべるとアンナに言う。


「はい、分りました。」


「では・・また遊びに来たまえ。」


そしてハリスは部屋を出て行った。




「ふ~・・・危ないところだった・・。」


エドガーは溜息をつくとアンナを見た。


「アンナ嬢?」


すると・・。


「あ・・・。エドガー様・・わ、私・・何とかごまかせましたよね・・?」


「ああ。勿論だよ?それで・・一体彼女は何所に?」


すると部屋の中に置かれたクローゼットの中から声が聞こえてきた。


「私はここです。」


それはヒルダの声だった。


「そこにいたのか?」


エドガーは急いでクローゼットに近付くと取っ手を掴み、ガチャリと開けた。

するとそこにはヒルダが中に座り込むような形で隠れていた。


「ヒルダ・・・ッ!」


「お兄様・・・。」


「大丈夫だったか?ヒルダ。」


エドガーは右手を差し出しながら尋ねた。


「は、はい・・。」


エドガーの手を掴み、クローゼットから出てきた。


「アンナ様、ありがとうございました。」


ヒルダは礼を言うと、アンナは首を振った。


「いいえ、いいんですよ。ヒルダ様。それよりも・・ハリス様がマーガレット様のお部屋に行ってる間にすぐにお屋敷を出ましょう。」


「は、はい・・・。」


ヒルダが頷くと、エドガーが言った。


「よし、すぐに行くぞ。今、外に誰もいないか見て来る。」


エドガーはすぐに廊下に出ると辺りを見渡し、戻って来た。


「よし、ではアンナ嬢とコゼットはヒルダを連れて厩舎へ先に向かってくれ。俺はアンナ嬢の御者に声を掛けて来る。」


「はい、お願いします。エドガー様。」



 そこから先は慌ただしかった。エドガーは御者の控室へ行き、アンナとヒルダ、コゼットは厩舎へと向かった。




 そして―


今、エドガーはヒルダ達が乗り込んだ馬車の前に立っていた。


「お兄様・・・お元気で。」


ヒルダが馬車の窓を開けて言う。


「ああ・・ヒルダも元気でな。」


するとアンナが言った。


「エドガー様。ヒルダ様には数日我が屋敷に滞在して頂くつもりです。是非一度遊びにいらしてください。」


「ああ、そうさせて貰おうかな?ありがとう。アンナ嬢。」


そしてエドガーは御者を見ると言った。


「馬車を出してくれ。」


「はい、かしこまりました。」


御者は頭を下げると、手綱をピシリと馬に叩きつけ・・。


ガラガラガラ・・・。


馬車は走り出し、見る見るうちに遠ざかって行った。


「ヒルダ、またな・・・。」


エドガーは馬車を見送りながらポツリと呟いた。


そして、そんな様子を窓の外からハリスが見つめているのを、気付いている者は誰もいなかった―。

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