第5章 4 ヒルダの夏休み ③
夏季休暇も2カ月目に入った。今日はヒルダがフランシス達とマイクの別荘へ遊びに行く日である。
「ヒルダ様、それでは行ってらっしゃいませ。」
ボストンバックを持って玄関に立っているヒルダにカミラは言った。
「ええ、行ってきます。でも・・カミラに悪いわ。私ばかり夏季休暇を楽しんで・・。」
ヒルダは申し訳なさそうに言う。
「何をおっしゃっているのですか。私は8月に2週間お休みをいただくことになっているので大丈夫ですよ。どうかお気になさらないで下さい。」
カミラは笑顔で言う。
「分かったわ、8月のお休みはカミラはゆっくり休んでいてね。それじゃ行ってきます。」
ヒルダはカミラに手を振ると玄関を出て行った。
アパートメントの階段を下りて、メインストリートに出てきたヒルダは真っ白な帽子を目深にかぶり、太陽を仰ぎ見た。真夏の太陽はまぶしく、空は雲一つない快晴で時折上空をカモメやウミネコが飛んでいる。
ポーッ・・・・・・。
港からは風に乗って蒸気船の音が『ロータス』の町に響き渡っている。通りではヒルダの様に大きな旅行鞄を下げた人々が港を目指して楽し気に歩いている。
(皆、夏のバカンスを楽しみに行くのね・・・・。)
その時、ヒルダの目に前方を歩く家族連れが目に入った。両親に囲まれてヒルダと同じ年代の少女が父親と楽し気に会話をしながら旅行鞄を持って港へ向かっている。
ヒルダの胸に『カウベリー』にいる父ハリスと母マーガレットの事が思い出された。
(お父様・・・お母様・・・。)
あの自然に囲まれた美しい農村地帯、『カウベリー』で両親と暮らした穏やかで何不自由なく幸せに暮らしていた懐かしい日々がヒルダの脳裏に蘇ってくる。
だが、その日々がヒルダに戻ってくることは・・・もう二度とない。自分からその幸せを手放してしまったのだ。
(駄目よ・・・もう思い出しては・・。私は全てを捨てて、ここで生きていくと決めたんだから。過去を振り返っても、もう遅いのだから・・・。」
そしてヒルダは故郷への思いを振り切り、前を向いて港を目指して歩き始めた―。
港へ着くと、既にヒルダ以外の少年少女たちは波止場の前で待っていた。
「ヒルダーッ!」
ヒルダを見つけていち早く駆けつけてきたのは、やはりステラだった。
「おはよう、ヒルダ。」
息を切らせながら駆け寄ってきたステラの後をエミリーも追いついて来る。
「良かった、ヒルダが今日旅行に来てくれて。」
エミリーは笑顔で言う。
「おはよう、ステラ。エミリー。」
ヒルダは2人に挨拶をすると、エミリーが手を出してきた。
「何?エミリー。」
ヒルダが首をかしげるとエミリーは言った。
「ヒルダ、荷物持ってあげる。皆の所へ行きましょう。」
エミリーが指さした先には、フランシス、マイク、カイン、ルイスの4人の少年たちが両手を大きく振っている。フランシスに至っては帽子を取って腕を振っていた。
「全くフランシス達ったら・・・皆ヒルダが一緒に行くから嬉しくて仕方がないのよ。」
ステラが腕組みをしながらブツブツ言っている。
「アハハハ・・・あの人達、皆ヒルダが大好きだから。」
エミリーは快活そうに笑いながら言う。
「でも、ステラやエミリーの事もフランシス達は好きなはずよ。」
ヒルダの言葉にステラは言った。
「まあそうかもね~。私たちは皆熱い友情で結ばれているからね。さ、ヒルダ行きましょう?」
ステラが手を伸ばしてきたので、ヒルダは自然にその手を繋いだ。
(そうよ・・・私にはカミラが・・・そして私を気にかけてくれる人たちがここにいる・・。私の居場所はここなのよ・・。『カウベリー』のヒルダはもう・・あの火事で死んだのだから・・・。)
その時、ヒルダは見た。遠目からだったが港から町へ向かうある人影を。
(え・・・・?ルドルフ・・・・?)
その人物は懐かしい・・・そして過去に愛したルドルフにそっくりだったのだ。
(そんな・・・まさか・・!)
ヒルダが振り返ってその人物を目で追った時・・突如強い風が吹き、ヒルダの帽子が飛ばされてしまった。
「キャッ!」
思わず、ヒルダは目を閉じてしまった。
「あ!ヒルダの帽子が!」
ヒルダの帽子が宙を飛んでいるのをマイクがジャンプし、キャッチした。
そしてヒルダに駆け寄ると、帽子を手渡す。
「おはよう、ヒルダ。はい、帽子。」
「あ、ありがとう。マイク。」
ヒルダは帽子を受け取ると、先程の人物を目で追ったが、もうその姿は無かった。
「あ~さっきの風はすごかったわね。」
「本当、海風って強いわね。」
エミリーとステラの会話を聞きながらマイクはヒルダの様子を伺った。
(なんだ?ヒルダ・・・ぼーっとしてメインストリートを見つめているけど・・?)
「ルドルフ・・・。」
その時、ヒルダは無意識に小声でその名を呼んだ。
「え?ルドルフ?」
しかし、ヒルダは何も答えずにただじっと、思いつめた目でメインストリートを見つめていた―。
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