1章 13 校長室で

「ヒルダ・フィールズさん、貴女はとても優秀な生徒です。そして複雑な家庭環境についても分かっております。」


セロニア学園高等学校の女性校長マチルダは向かいのソファに座ったヒルダを見た。


「・・・・。」


ヒルダは黙って校長の話を聞いている。


「何故貴女は同じクラスメイトのアデルさんの財布を盗んだりしたのですか?それ程お金に困っているのですか?ですが家庭調査によると貴女はご実家から年間金貨50枚頂いており、しかも今住んでいるアパートメントは月額銅貨5枚と聞いておりますよ?それだけ余裕があるのであれば金銭的に困ってはいないはずです。」


マチルダは溜息をつきながらヒルダを見た。

美しいのに無表情な表情。自分の感情を決して表に出す事はせず、交友関係も全く無い。但し、成績は優秀で何の問題も無い生徒だったのに・・・。

手元にある資料にはカウベリーの中等学校に通っていた頃のヒルダは大人しいが、明るく、心優しい生徒だったと書かれている。昨年の初夏に起こった落馬事故により、左足に大怪我を負い・・・その後の経歴は記されてはいない。なのでマチルダはカウベリーで起こった事件も・・何故父親から縁を切られてしまったのかも分からないのだ。

ただ、母親が身元引受人となっており、ここ『ロータス』で名誉市民として評価されているキング夫妻もまたヒルダの身元引受人となっているので、マチルダはこの学園の入学を許したのだった。


(まさか・・やはり素行に問題があったから父親とは絶縁されてしまったのでは・・?)


けれど、ヒルダが貴族令嬢の派閥から陰湿な嫌がらせを受けていると言う報告もマチルダの耳に届いていたのである。


「兎に角ヒルダさん。何故アデルさんの財布を盗んだのか説明して下さい。」


するとヒルダは答えた。


「私は盗んではいません。昼休みに教室へ戻った所、アデルさんが財布が無いと騒ぎ始め、先生から机の中身を全て出すように言われたのです。その時に見知らぬ財布が私の机の中に入っていたのです。恐らく誰かがいれたのでは無いかと思います。」


「ヒルダさん・・・その話をして誰が信じると思いますか・・?」


マチルダは頭を押さえながら尋ねた。


「恐らくは誰も信じてはくれないと思います。証拠もありませんし・・・犯人が自分から名乗りを上げてくれない限りは無理でしょうね。」


ヒルダは自分の事なのに、まるで他人事のように淡々と語る。


「なら・・・どうしてあの場で謝ったのですか?あれではヒルダさんが自分で盗んだ事を認める様なものではありませんか?」


するとヒルダは今迄に無いほどに冷たい表情で言った。


「あのまま私が違うと否定しても拉致が開かないと思ったのです。授業も進まないし・・・それで誰かの犠牲が必要ならば、私が罪を被って終わりにしようと思っただけです。どうせ・・・何を言っても誰にも信じて貰えないでしょうし。」


「・・・!」


マチルダはヒルダの言葉に絶句してしまった。とてもまだ16歳の少女の言葉とは思えない。


「ですが・・・そんな事をすれば、貴女は悪者になってしまうのですよ?それでも構わないのですか?」


「別に・・・構いません。なので、校長先生。どうぞ皆が納得する様な罰を与えて下さい。ただし・・お願いがあります。」


「お願い?」


「はい、どうか退学だけはさせないで下さい。高校を・・卒業させて下さい。お願いします。」


ヒルダは頭を下げた。


(この少女は・・・本気だわ。本気で罰を受けようとしている・・。でも・・・皆を納得させるには、そうするしかないのかも・・・。)


「わ・・・分かりました・・。 なら・・・ヒルダさん。貴女を・・1週間の停学処分に致します。そして自宅で反省文10枚書いてきて下さい。幸い・・財布の中身は盗まれてはいませんでしたからね。」


マチルダは溜息をつきながら話しをしたその時・・・。


ガタンッ!!


外で大きな物音が聞こえた―。








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