第6章 5 誰も知らない

「旦那様、仕事中に持ち場を離れてしまいまして大変申し訳ございませんでした。」


学校の呼び出しからフィールズ家へ戻ってきたマルコが書斎にいるハリスに深々と頭を下げた。


「いや、学校からの呼び出しなら仕方あるまい。それで・・呼び出された理由は何だったのか教えてくれ。」


ハリスの言葉にマルコの顔が曇った。


「それが・・・。」


「何だ?私に言えない事なのか?」


「い、いえ・・・ですが・・・あの・・決してお気を悪くなさらないで下さい・・。」


「もしかすると私に関係がある事なのか?」


ハリスは眉を潜めた。


「い、いえ・・・そうではなく・・・ヒルダお嬢様に関係のある事なのです・・。」


「何だって?ヒルダに?それなら尚の事話してくれ。」


語気を強めるハリスにマルコは覚悟を決めて話し出した。


「実は・・・・ルドルフのクラスメイトの・・・アレクセイという少年がルドルフにヒルダお嬢様の事を悪く言ったらしいのです。ヒルダ様の事を・・・3本足になってしまったから、もう二度とダンスを踊れなくなったそうじゃないか?と言って・・・。さらにそのような相手はみっともないだけだと・・。」


「な・・・何だと・・?」


ハリスは怒りのあまり、右手でダンッ!と机を叩き、怒りを押し殺しながら言った。


「アレクセイ・・・何処かで聞いた事がある名だ・・。ああ、そうだ思い出した!確か聞いた事があるぞ。ヒルダと同じ中等学校の3年で・・・アレクセイ・オルソン。父親はダドリー・オルソンで子爵家だったはずだ・・・。ダドリーは女癖が悪く、妾がいると話を聞いた事がある。それにしても・・・フィールズ家よりも爵位が低いくせにヒルダを馬鹿にするとは・・・っ!それで・・?ルドルフはどうしたのだ?」


「はい、それを言われたルドルフは怒って彼の胸倉を掴んだ途端、逆に少年から酷い暴行を受けたらしいです。ルドルフの顔は腫れて、口元にも血がついていました。」


「何とっ?!あのおとなしい少年が・・・?」


ハリスはルドルフがそのような真似をするとは思ってもみなかった。


「はい、私も驚きました。ですが・・・それだけヒルダお嬢様を大切に思っているのだろうと感じました。」


マルコは嬉しそうに言うが、ハリスの顔は曇っていた。


「旦那様?どうされましたか・・?」


そんなハリスの様子に気付いたマルコは声を掛けた。


「ああ・・・実はその事なのだが・・・昨夜ヒルダから話があったんだよ。自分より爵位の低い相手と結婚した場合、パーティー等に参加した時に絶対に悪口をささやかれるに決まっているからルドルフと婚約を破棄したいと申し出て来たのだよ。だから・・ヒルダの気持ちを汲んで、ルドルフとの婚約を解消する事にした。」


「ええっ?!」


それを聞いたマルコは驚いた。


「だ、旦那様・・・。」


するとハリスは言った。


「爵位や屋敷、それに学校の事は気にしないでくれ。勿論高等学校へ行けるように援助もしよう。ルドルフは将来見込みある人物になりそうだからな。それに・・これはヒルダからのたっての願いだからな。」


「ハリス様・・・。」


マルコは言葉に詰まってしまった。


(ああ・・・何てヒルダ様はお優しい方なのだろう・・・。)


「ヒルダは・・もしかすると・・・。」


ハリスの言葉の後にマルコが続いた。


「ええ・・ヒルダ様は多分・・ルドルフに迷惑をかけてはいけないと思い・・ヒルダ様から婚約解消を申し出たのかもしれませんね・・。」


ハリスとマルコは2人でヒルダからの婚約解消の理由を決めつけたが、本当の理由をまだ知らずにいた。


グレースから泥棒猫呼ばわりされて、ルドルフと婚約解消するように迫られた事実を。そしてこの事実を知っているのは誰もいない—。

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