第1章 8 母、マーガレットの苦悩

 その日の放課後―


ヒルダの友人のシャーリーはいつになく元気が無いヒルダの様子が気がかりで帰り際に声を掛けて来た。


「ねえ、ヒルダ。今日これから2人で私の家の馬車に乗って町に出かけない?美味しいドーナツ屋さんがオープンしたらしいから一緒に食べに行きましょうよ。」


しかしヒルダは悲しげな表情で言った。


「ごめんね。シャーリー。折角の貴女からのお誘いなのに・・何だか食欲が無いから、今日は遠慮させてもらうわ。」


「ヒルダ・・・。」


(絶対様子がおかしい・・何かあったに決まってるわ。」


シャーリーにとって、ヒルダは優しくて美しい自慢の友人だった。大切な友人が悲しそうにしている姿を見るのは正直、辛い。だからヒルダはシャーリーの手を握りしめると言った。


「ヒルダ、辛い事や悩みがあったら慮なく話してね?私・・貴女の相談に乗るからっ!」


「うん。有難う、シャーリー・・・。」


ヒルダは弱々しく微笑むと、シャーリーに別れを告げて迎えに来た馬車に乗って帰って行った。


「ヒルダ・・・。」


シャーリーはヒルダの馬車が見えなくなるまで見送っていた。




「ただいま・・・。」


ヒルダは力なく屋敷の中へ入って来た。


「お帰りなさいませ、ヒルダ様。」


メイドのカミラがヒルダの元へやって来ると、言いにくそうに声を掛けて来た。


「ヒルダ様。奥様がお話があるとの事ですが・・・。」


「そう・・・お母様は今どちらに・・・?」


ヒルダは力なく尋ねた。


「はい、奥様はお部屋にいらっしゃいます。」


「ありがとう・・着替えたらすぐに行くと伝えてくれる?」


「はい、承知致しました。」


カミラはすぐに下がり、ヒルダは溜息をつくと階段を昇って行った。そして一番手前の白塗りの大きなドアの付いたノブをガチャリと回してドアを開けた。ここがヒルダの部屋である。大きなシャンデリアの付いた天井には淡い花柄の模様が描かれている。壁は白く、明るいデザインで大きな天蓋付きベッドに、大きなワードローブ。そして本棚に学習机が置かれている。また壁際にはヒルダがこの部屋で一番お気に入りのピンク色のドレッサーが備え付けてある。


 ヒルダは学園指定の制服を脱いでハンガーにかけると、淡いパステルカラーの紫色のワンピースに着替えて1階にある母の部屋へ向かった。


コンコン。


ヒルダはドアをノックした。


「お入りなさい、ヒルダ。」


「失礼します。」


ガチャリとドアを開けて部屋へ入ると母は書斎で手紙を書いていた。


「ヒルダ、お帰りなさい。」


母、マーガレットはペンを置くと顔を上げた。


「お母様・・・お手紙を書いていたのですか?」


「ええ、そうよ。ヒルダ・・・。貴女に大切なお話があるの。そこの椅子に掛けて頂戴。」


マーガレットはソファにヒルダを座らせると、自分も真向いのソファに座った。


「今、お手紙を書いていたのはね・・・貴女の縁談の事についてなの。どうしてもラッセル家のご長男でいる、ギルバート様が貴女と会いたいと申し入れがあって・・そのお返事を書いていたのよ。先方はいつでも待ちますとあったので、今週の週末にお見合いをして貰う事になったわよ。」


淡々と語る母の言葉に、見る見るうちにヒルダの顔色は色を失っていく。そして母の言葉が終わるや否や、ヒルダはガタンと立ち上がると目に涙を浮かべて叫んだ。


「イ・・イヤよっ!お見合いなんて・・・っ!」


「ヒルダッ!落ちついてよくお聞きなさいっ!」


マーガレットはヒルダの肩に手を置くとヒルダの目を見た。


「ヒルダ、貴女はまだ15歳。私だってまだお見合いなんて早いと思っているわ。でも実際は貴族達の中にはもう既に半数以上が婚約者がいる少年少女たちが存在するのも本当の事。いい?ヒルダ。会うだけでいいのよ。そうすれば・・お父様も納得すると思うのうよ。お願い、ヒルダ。我がフィールズ家の体面の為に・・会うだけでいいから会って頂戴。そうすれば先方も納得するはずだから・・・。」


マーガレットは頭を下げて娘に懇願した。


「お母様・・・頭を上げてください・・。」


ヒルダの声が聞こえ、マーガレットは顔を上げた。


「分かりました・・・。お見合いするだけ・・してみます。お母様の為にお見合いします。」


そしてヒルダは弱々しく微笑んだ―。




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