第十七話 お土産を心待ちにする

「ドラド、さっきはありがとね!」


「いいってことよ!」


「おかげ平和な会談になったよ!」


「そうだな!」


 今もなお、敵意を剥き出しにしている監視要員に聞こえる声量で話す。

 村に来たときから赤い表示だったが、話し合いの後は徐々に赤い光点が増えていっている。あることないこと吹聴しているのだろう。


 自分の目で見たことが全て正しいわけではなく、見ていなくても正しいことはある。

 しかし、すぐ側にいるのだから確認くらいは訪れて、自分の五感や心を使って判断しろよ。人から聞いた話を鵜呑みにして善悪を決めているとか……阿呆か?


 これじゃあ【聖王国】との取引も鵜呑みにしているパターンだな。

 そもそもの話、何もできないと自他ともに認めている王女を一人拘束するよりも、エルフを捕まえて奴隷にした方が大きな利益をもたらすだろう。


 王女の身柄は大義名分作りの建前で、エルフの奴隷を確保するついでくらいに思われていそうだな。俺なら確実にそうする。

 たった一人のために大規模な部隊を派遣するとか、見逃せない行動を取っているか、リスクを超えるリターンを見込めているかしないとやらないだろうよ。


 前者はありえないから、確実に後者だな。


 エルフで村規模だから薄れているけど、やっていることは盗賊と同じだからね。


 こんな人たち助けたくないわーー!


「憂鬱だけど……やることをやらないと」


「偵察をするんだろ? どうやるんだ? 乗り物に乗るのか?」


「乗りません」


「……じゃあどうやるんだ?」


「ドローンを飛ばす」


「なんだそれは」


「今回使うのは、空を飛ぶおもちゃにカメラや武器をくっつけたものかな」


「なぁ! なんと面白そうなおもちゃなんだ! 早く! 早く見せろ!」


 今回はグライダータイプのドローンではなく、空撮や農薬散布に使われる一般的なドローンを使用する。

 グライダータイプはコストがかかるし、所持台数が少ない。しかも修理部品含めて《PX》で購入できないから、墜とされるかもしれない状況では使いたくない。……自業自得かもしれないけど。


 ヘッドセットに同期して視界の端に表示することも可能だが、ドラドも一緒に見たいだろうから手元のコントローラーで映像を確認しよう。


 ――え? 他の二人はいいのかって?


 彼女たちは特別任務をこなしているため、テントの中にはいないのだ。

 教会関係の言葉で表現するなら、『異端審問官』という言葉が適しているかもしれない。懺悔の機会を自ら拒否した者たちに関係する部署で、教会の特殊部隊である。


 逃げることができたなら、そのときは許してあげよう。


「じゃあ飛ばすよ!」


「やらせてくれ!」


「……今日は暗いから無理かな」


「……明るいときならいいんだな?」


「もちろん! 約束だ!」


「……分かった! 我慢する!」


 二脚の椅子を隣り合うように並べて座る。

 手元のコントローラーでドローンを離陸させ、正門の方に向かって飛ばす。

 静音設計で黒塗りのドローンは夜空に溶け込み、静かに偵察行動を開始した。


「すごっ! 飛んだぞ! 鳥じゃないのに! ――もしかして……あの大きいのもあるんじゃないのか!?」


 ヘリのことかな?


「あるよ」


「何ということだっ! 楽しみなことがたくさんだっ!」


「すぐには使えないけどね」


「……なんで?」


 キラキラしていた瞳から光が消えていく。声も低くなっているような気がする。


「ほら、焚き火台のときに言ったでしょ? 【液体魔力】のこと! アレが必要なんだよ! ドラドにもらった分だけじゃあ足りなくて作れないんだ!」


「……材料はどこで手に入るんだ?」


「迷宮か鉱山かな。魔核だけなら魔物から採れるんだけどね。魔石だっけ? それがないんだ」


「【聖王国】の次は魔物だな! 頑張るぞ!」


「頑張ろう!」


 機嫌が良くなったドラドの瞳にキラキラが戻る。おかげで可愛さも戻ってきた。一瞬、猛獣の血が蘇ったのかと思うほどの迫力があったもんな。……うん、養母さんにそっくりだ。


「おっ! 見えてきた!」


「よく見えないぞ!」


「暗視モードだからね。位置と規模が分かればいいかなって思ったんだけど……まさか部隊を分けて行動しているとはね。連携も取れていないし」


「謎だな。でも正門の方が近いから、正門側に防衛陣地を造った方がいいよな。村には他に門はないし、閉じこもっている間に各個撃破していけばいいんだから」


 ドラドの言うとおりなんだけど、なんとなく嫌な感じが拭えないんだよな。

 何かを見落としている気がする。……何だ?


「うーん……まぁこのままじゃあ明日の昼くらいには着きそうだな。陣も張ってないようだし、休憩を取っているだけだったら時間がないか」


「それなら早く準備しないとな!」


「……そうだな。じゃあ片付けしていくか」


「あっ! 留守番がいないもんな!」


「その通り! 泥棒がいないとも限らないからな!」


 俺とドラドは盛り上がった土の上に載っているテントやテーブル、調理器具などの細々している物を《コンテナ》に入れていった。

 そのあと、ドラドが地面をならして元通りだ。


「ちょっと行ってくる!」


「お、おい! どこに!?」


 ポテポテと走ってツリーハウスを目指すドラド。食事の後に「また明日」って言ってたじゃん。


「おーい! おれたちがやっつけてくるからな! 疑っているなら、戦闘が始まったら壁の上から見てみろ! ボッコボコにしていると思うぞ! じゃあ、また明日な!」


「……」


「よしっ! ディエス、行くぞーー!」


「……ドラドって勇者みたいだね」


「そ、そうかな?」


 照れてる……。可愛い。


 ――あれ? 待てよ。そうなると……俺って勇者パーティーにいる聖騎士のポジションになるのでは?


 嫌すぎるぅぅぅぅぅーーー!


 怨敵と同じポジションとか……。

 これから騎士らしくせず治療ばかりしていれば、もしかしたら神官ポジションに転職できるかも……。頑張ろう。


 閑話休題。


「じゃあ簡単に説明するね」


「おう!」


「穴を掘ってその中に隠れられるようにする。穴の上を覆って頑丈にし、相手からの攻撃を受けても大丈夫な盾というか甲羅? を造る。その際、銃眼と呼ばれる穴を開けておく。攻撃するための窓だね」


「ふーん。地魔法でできるな!」


「それじゃあ門の外に出たらよろしく!」


「任せろ!」


 ちなみにドローンは、コントローラーについているGPSに向かって自動で帰還する機能を使っている。

 ゆえに、放って置いても合流できる手はずだ。


「門を開けてもらえますか?」


「夜間の開門は禁止している!」


「話は通っているはずですが?」


「協力しなくてもいいと聞いている!」


「はぁ……。懺悔の機会を与えたのに、つまらん罪を自分で積み上げるとは……。間抜けか?」


「何だとッ!? この野郎ッ!!!」


「もう我慢ならねぇッ!」


 門番二人が殴りかかってきたため、近くにいた方のエルフの右腕を取って無理矢理左を向かせ、勢いがついているもう一人にぶつける。

 横を向いたエルフの脇腹を殴打して退けた後、仲間にぶつかって転倒したエルフの頭を蹴り飛ばす。


 腕を取っている方のエルフを無理矢理引き起こして追撃を行う。

 髪を掴んで顔面に膝蹴りを一発。

 最後に、寝転がっているエルフの上に叩き落として終わりだ。


「二人がかりのくせに弱いな」


「だけど、おかげで門番がいなくなったぞ!」


「それもそうか。門を守れない門番が悪いのであって、無人の門を通った者が悪いわけではないはずだ。――あぁそうそう。諸君、協力感謝する!」


 周囲で指を咥えて見ていただけの者たちにも感謝しておく。


「殴りかかってきてくれて助かった! 正当防衛が成立するからな!」


 ドラドは純粋に門番に感謝しているようだった。素直な子だ。


 感謝の言葉を告げ終わったドラドと協力して無人の門を開けて通り、トーチカを造るのに適している場所を探しながら移動する。

 すると、特別な任務をこなしている別働隊から連絡が来た。


『ディエス、捕まえたけどどうする?』


『俺たちのところに連れてきて。あっ! 分かっていると思うけど、村の外にいるからね!』


『はーい!』『分かったの!』


『よろしくねー!』


 できれば手の内を晒したくはないが、いちゃもんをつけられるのも面倒だから、確認できるように村から比較的近く、【聖王国】の兵士が陣形をとれるくらいに開けた場所。

 さらに狙撃ポイントからカバーができ、敵の陣形に対して横撃できる位置。


「うーん……ここかな」


「サクサク掘るから、見張りよろしく!」


「任せろ!」


 重機はあるけど、音がうるさいし【液体魔力】も使うから使いたくない。

 ドラドの楽しみにしている乗り物が重機だけになってしまうとか……可哀想だろ。魔法で代用できるならば、積極的に節約していかなければ。


「ただいま!」「ギリギリだったの!」


「おかえりーー!」


 なでなでモフモフして労う。同時に俺も癒される。


「ギリギリだったって言ってたけど、なんかあったの?」


「精霊魔術を使っていたみたいで、マップ上の位置と目視の位置が違ったのよね」


「――え? そんなこともできるのか。それで、どっちが合ってたの?」


「マップよ!」


「よかったーー! マップが間違っていたら優位性が低くなるところだった」


「カグヤのおかげだったのよ!」


 何故かモジモジしている。褒められているのに、意を決して何かを言おうとしているみたいな。


「カグヤの《魔眼》のおかげで、魔力で創った幻影だって分かったの!」


「ワ、ワイバーンも……《魔眼》を使ったの……」


「そうだったんだ! 元々狙撃だけで死んだとは思ってなかったから、どうかしたの? ってくらいにしか思ってないんだけど」


「鈍いなぁーー! カグヤは嫌われたくなくて隠してたに決まってるだろ!」


 穴の中から顔を出したドラドが知りたかったことを教えてくれる。


「なるほど! 《魔眼》は俺のいたところでは憧れの能力だから、とっても羨ましいなって思っているんだけど。封印されていると思っている《魔眼》は、一生封印されたままで生涯を終えるんだよ。たまにオーラを視ることができる人もいるけどね」


「「「へぇーー!」」」


 特殊な病気の症状だったから、感心されると心苦しい。


「だから気にしなくていいよ。使える力はドンドン使っていかないとね!」


「うん!」


「じゃあ、二人からのお土産で遊ぼうか」



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