秋雷の日―――「Twitter」「草」「炎上」の題より
播磨光海
第一話「若草のつまを焼きて」
(略)
娘は男に手を引かれるままに、ただひたすら先を急いだ。
今まで屋敷の中で暮らしてきた娘には、この旅は辛い。しかし足を止めればすぐにでも追い付かれてしまう。
馬は使えない。身なりの怪しい男女に馬を貸してくれる者など誰もいない。足の裏の痛みをこらえ、娘は男についていった。
どれほどの夜を越えたのか、娘にも男にも分からなくなった頃。日が暮れかかり、相手の顔も分からなくなりそうな中、刀や弓矢を持った追手はついに姿を現した。
「ここに隠れてやり過ごしましょう」
娘は男をつれて草むらに逃げ込んだ。
姿を隠した二人を探して、追手が話す声が聞こえる。日が落ちて次第に寒くなっていく中、娘と男は身を寄せ合った。
「この草むらが怪しいぞ!」
思わず娘は男の着物の襟をつかんだ。
「火だ!火を起こせ!」
「あぶり出すぞ!」
草むらの周りで追手の怒号が飛び交う。娘はそっと男に抱きしめられた。
「ここから出でよ」
「あなたを置いてそんなことは」
「外に出て討たれれば、私の正体が知られてしまう。そうなれば、お前は無事ではすまない」
男は慈しむような目をしていた。
カン、カンと石を打つ音。やがて、端の方から煙と火の手が上がり始めた。
「武蔵野は今日はな焼きそ……」
古歌を口ずさんだところで、火は止まない。熱をはらんだ風が吹き寄せてくる。
「今ならまだ間に合う。行け」
娘の背が優しく押される。娘の目から、涙が零れ落ちた。
娘は腹にそっと手をやった。月のものが来なくなってから二月経つ。もし子を宿していればと考えると、死ぬことはできない。
「……あなたを、愛しています」
「私もだ、いとしい妻よ。私に名をくれた者よ」
火の勢いは次第に強くなっていく。
娘は振り向くまいと唇を噛みながら、草むらをかきわけていった。
「姫様!」
追手の男たちが駆け寄ってくる。男たちが乗ってきた馬の方へと、娘は連れていかれようとしていた。
その時、一陣の風が吹いた。
燃える。燃える。風にあおられ、草むら全体へと火が広がる。
「ああああ……!」
炎を前にして、娘は膝から崩れ落ちた。着物が汚れるのも構わず、炎に向かって手を伸ばす。
「姫様、なにを!」
「離しなさい!離せ!」
掴まれた手を振りほどこうと、娘は暴れ、叫ぶ。
その声に呼応するように、炎の中から雷のような轟音が鳴り響いた。
そして、煙の向こうから何者かの影が近付いてくる。
きりきりと弓を絞る音がした。矢が勢いよく放たれ、影に吸い込まれていく。矢は二本、三本と放たれていき、全て影に命中した。
甲高い断末魔が辺り一帯に響き渡る。それと同時に、星一つない空を焼き尽くそうとするかのように炎が吹き上がった。囲んでいた男たちが、慌てて四方八方へと散っていく。
娘はただ茫然としていた。見開かれた娘の目に、全てを燃やし尽くさんとするかのような炎だけが映っていた。
(略)
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