第48話 VSラウル

 やがて、その時はすぐに訪れた。何かを引きずる音がする。


 俺は木の陰から様子を窺う。歩いているのはラウルだ。


 その手には金棒と、血まみれになって意識を手放したロウナンドの足が握られている。


「コバぁ……出てこい!あのタマナシ野郎を出せぇぇぇぇ!」


 叫ぶだけで、空気が大きく揺れる。俺は思わず耳を塞いだ。


 やはり、尋常でないほど強くなっている。筋肉猪に匹敵、いや、はるかに上回るだろう。


 隠れるのは無駄だ。何しろ、このあたり一帯をぶち壊されたら、それで終わりなのだ。森に隠した伯爵が、森ごとペシャンコにされる。


 俺は意を決して、ラウルの前に姿を見せる。


「……隠したな?どこにやった」


「……もう、いいだろ。アンネちゃんもルーフェも無事だ。伯爵はもう終わりだ。不正の証拠も見つけた。お前がわざわざやる必要はねえ」


 不正の証拠、というのは嘘だが、材料として使えるのなら使う。


「……ダメだ。アイツは失脚くらいじゃ懲りねえよ。ここできっちり頭を潰しておかねえと」


「確かに、タマ片方潰れても懲りてねえけど……!!」


「だから、殺す。アンネに二度も手出しといて、無事で済ませるわけねえだろうが!」


 そう言って、ラウルはロウナンドを俺に投げつける。俺はとっさに躱したが、ロウナンドは何本もの巨木をへし折って彼方へと飛んでいった。


「……アイツみたいになりたくなけりゃ、どけ」


 ラウルの言葉は本気だ。俺は息を呑む。


 そして、短剣を構えた。


「……正気か?」


「お前よりは正気だって自信あるわ」


 俺の言葉に、ラウルはニヤリと笑う。


「……コバよ、お前は俺よりバカじゃねえんだからよ。わかるだろ?勝てねえことくらい」


 その言葉には、明らかに悪意がある。


「ソロで冒険者やれるようになったからって、俺より強くなったとか自惚れてんじゃねえだろうな?」


 そして、ラウルも金棒を構える。


「舐めてんじゃねえぞ。お前がどうなろうがな、俺はお前より強いんだよ!!!」


 スキルの強化による反動だろうか。つまりは、本音ではそう思っているということだろう。


 思ったことをそのまま言ってしまう、この状況はたびたび冒険中にあったことだ。


 だからと言って、ムカつかないわけでもないけれど。


「……そっちこそ舐めんなよ。俺だって成長してるんだぜ?」


「スキルも使えないやつが、何言ってやがる。こうして喋ってる時点で、お前はへなちょこだろうが」


「そうだよ。だから今のうちに喋っておくんだよ。……最後のチャンスだ。考え直せ」


「い  や  だ  ね」


ラウルは歯をむき出しにして笑うと、そのまま金棒を振り下ろす。


 俺はもう片方の手に握っていた水晶を割った。


 轟音とともに、森に積もっていた雪が土とともに飛び散る。


 ラウルは顔をしかめた。捕らえていたはずの俺がいなかったからだろう。


 だが、ラウルはすぐに後方の上を見る。


 しなるように跳びあがり、矢を構える俺を見て、にやりと笑った。


「……どうやったかは知らねえが、後ろにいるのはバレバレなんだよ!」


 叩きつけた金棒を、ラウルは一息もせずに自分の真後ろに叩きつける。先ほど同様に雪と土が飛び散り、俺の視界を遮った。


(……バカが!)


 そして、ラウルは金棒をそこへ振りかぶるも、それは空振りとなった。


「……!?ちっ、隠れやがったか」


 土と雪で邪魔しようとしたが、姿は見えていない。つまり、その状態で攻撃さえ回避できれば、ラウルは俺を完全に見失う。


 そうなれば、ステルスの発動だ。


 俺は雪が来た瞬間に、ロープを使って後方へと飛んでいた。そして、今は木の陰に隠れている。すぐに姿を見せないと、ラウルが何をするかわからないので、長居はできないが。


「しゃらくせえ!!」


 ラウルが金棒を振り上げる。俺はとっさに短剣を投げつけた。ラウルも反応したのか、短剣を金棒で打ち払う。


「そこか!」


 短剣の方向に向かって、ラウルが突撃してくる。俺は身構えた。


 だが、ラウルはふと足を止めた。


「…………待てよ?」


 そして、あたりを見回す。ラウルは目を細めた。


「……コバがこういう風に誘導してくる時は、大抵反対側にアイツが隠しておきたいものがある時だな」


 その言葉に、俺の背筋が凍る。


「おらああああああああああ!!」


 ラウルが、俺の真逆の方向に向かって金棒を振りかぶった。その風圧だけで、木々が吹っ飛んでいく。


 ラウルの言うことは正解だ。こっちに誘導して、伯爵から少しでも遠ざけようとしていたのだ。


 ちくしょうめ、やりづらい!


 俺は矢を番えて、一息に放った。


 ラウルはそれを金棒で打ち払う。


 その間に、俺は間合いを詰めた。手にはロープを握っている。


 木々に巻き付けたロープを、ラウルの両手足に縛り付ける。


「コバ!てめえ……!」


 ピン、と張ったロープにより、動きが阻害されたラウルの攻撃は、俺に当たることはなかった。


 俺はそのまま、足を振り上げて蹴りを見舞う。


 狙う場所は、ラウルの顎だ。脳を揺らし、意識を奪う。


「!!……力じゃ勝てねえから、脳を揺らそうってかぁ!?」


 蹴りは命中したが、意識を奪うことはできなかった。


「甘いんだよ!」


 力任せに身体を動かすと、ロープを括り付けていた木の方が耐え切れずにへし折れた。ラウルはそのままロープを掴み、ぐるぐると振り回す。


(何いいいいいい!?)


 即席のハンマーだ。ラウルが勢い良く振り下ろすと、遠心力でさらに力を増した木が森に叩きつけられる。俺は跳んで躱したが、地面を転がった。


 ロープは切れてしまったのでもう使えないが、それでも十二分の威力である。


「……大した手ごたえはねえな」


 土煙が晴れ、俺はラウルの前に姿を現した。


「……やっぱり生きてたか。まあ、お前があれくらいで死ぬわけないわな」


 くそったれが。普段の俺なら即死だよ。


 そう言いたいが言えないので、睨むだけにとどめる。


「……お前、俺の時間切れを狙ってんだろ?俺のスキルは、制限時間があるからな」


 そう。俺がこいつを止められるとしたら、それしかない。


 ラウルのスキル「一気呵成」は、発動後一定時間でスキルの効果が消えるのだ。ただし、スキルの効果を乗算させると、そのたびに時間制限は最初に戻る。


 先ほどロウナンドを倒したばかりであろうラウルには、まだ十分すぎるほどの時間が残されていた。


「出来たらいいなあ!?」


 そして、ラウルは金棒を振りかぶる。

 縦横無尽に繰り出される金棒を、俺は必死によけ続けた。


 ラウルの攻撃は当たれば必殺に等しい。まともに食らえば動けなくなるだろう。


(どうする……どうする……!!)


 俺は必死に頭を回して考えた。とにもかくにも、あの凶悪な金棒を何とかしなければ、こっちが無事では済まない。


 一応痺れ毒などを持ってきてはいるが、今のラウルに効くとは考えにくい。「一気呵成」は身体異常も無効にしてしまう。


 ほかに、何とかアイツの動きを止める方法はないか。


 そんなことを考えていると、不意に視界に白い点がぽつぽつと現れ始めた。


 雪だ。以前から積もっているものではない。また降り始めたのか。


 そして、ラウルの顔を見る。


(……これなら、止められる、か?)


 妙案は浮かんだ。だが、相当に自分はきついことになるだろう。


 迷っている暇は……なかった。


 俺は回避と同時に、ラウルの股を抜けようと地面に仰向けになった。


「……だから甘いって言ってんだろうがよ!」


 ラウルは、金棒を立てて、俺の右肩を縫い留めるように振り下ろす。


 俺の右肩を、太い金棒が砕いた。


「ぐああああああああああああああああああああ!!!!!」


 あまりの激痛に、俺は思い切り叫ぶ。


「っ……!?」


 意外なことに、その声に動揺していたのはラウルの方だ。


 だが、その動揺が勝負の分かれ目だ。


 俺は右肩から下だけを動かして、手に持っていたポーションをラウルの顔めがけて投げる。ポーションはラウルの額に当たり、瓶が割れて中身が飛び出した。


 もちろん、瓶の破片などラウルには大したダメージにならない。


だが、問題は中身の方だ。


 ラウルの顔に付着したポーションは外気に冷やされ、みるみる凍り付いていく。


「うおああああああああああああ!?」


 あわてて顔を覆い、手を離したラウルの金棒を、俺は左手で押し飛ばす。相当の重さだったが、何とかどかすことができた。


 そして、目から手を離したラウルと、金棒の前に、俺は立ちふさがった。


 これで、ラウルは武器を使えない。


「コバ……てめえ、右腕を犠牲に……!!」


 俺は激痛に顔をゆがめながらも、不敵に笑う。


 これで、時間稼ぎはだいぶしやすくなったはずだ。


 それに、ここから先は殺し合いなんてもんじゃない。


 ただの、ケンカである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る