第41話 バレアカンの仲間たち
そして、それから俺たちは、伯爵屋敷に近づくこともなかった。
町で役員の顔を見るたびに、ゴミを見るような視線を送るくらいはしていたけれど。
結局、コーラル伯爵を決定的に打ち倒す根拠らしきものは見つからなかったのだ。
そんな中、俺は懐かしい人物との再会を果たしていた。
俺が夜、いつも通りクエストを終えて宿に戻ると、宿の前で寒そうにしながら待っている男がいたのだ。
男はこちらを見かけるなり、鼻水を垂らしながら嬉しそうに駆け寄ってきた。
「……コバ!久しぶりだな!」
「…………ガルビス!?」
俺の最後のパーティメンバーだったタンクの男。借金により、伯爵の屋敷の工事をさせられていたとは聞いていたが。
あの時と変わらぬ装備で、身体も見た感じ痩せこけている。今も労働しているのか。それがどうしてここにいるのか。さっぱり分からなかった。
「どうしたんだ、こんなところで」
「いやあ、仕事が終わって、たまたま近くだったから立ち寄ったんだよ」
そう言って、ガルビスは自分の顎髭を指で撫でる。
俺は確信した。これは嘘だ。
気付いていないのか、この男、嘘をつくときは顎を触る癖がある。そして、そんなときには大体が金の無心なのだ。
パーティの財布に一番近かったのはエリンちゃんで、俺は二番目だ。ラウルも大概だが、このおっさんにパーティの金は必要経費以外一切使わせない。小遣いを渡すと、すべてギャンブルで消えるから。
年下の小娘にお願いするのはプライドが許さないのか、パーティの金まで借りたいときは、俺に言ってくるのだ。それでも、一度も貸したことないけど。
様子を窺っていると、ガルビスの腹が大きく鳴り響いた。
「い、いやあ、今日は一日中仕事で、何も食べてなくてなあ」
ガルビスは笑いながら頭を掻いた。どうやらこれは本当らしい。
俺は溜息をついた。ひとまず家に帰るのはあとだ。
「……じゃあ、レイラさんとこ行くか。今からでもなんか食わしてくれるだろ」
「ま、待て!レイラさんとこはまずい!」
俺が行こうとすると、ガルビスが急に止めた。
「あの人の所は、何もせんでも人が集まっちまうだろ?大事な話があるから、二人で話したいんだ」
お前、俺のところに来たのはたまたまだと言っとったろうに。
「じゃあどこにするんだよ?今からだと、普通のとこなんかやってないぞ」
「お前の部屋とか……」
「うちじゃ料理できないの、あんたも知ってるだろ?」
ごねるガルビスだったが、俺は気にしない。そもそも、俺だって腹減ってるんだから、いつも通りレイラさんの店に行くまでだ。
結局、ガルビスもついてきて、「空中庭園」へと向かったのだ。
「いらっしゃい。……あれ?久しぶりだね」
「ど、ども。ご無沙汰してます……」
レイラさんが驚いたように目を丸くする。大体が、彼女の店に来なくなると、もう二度と戻ってこない。今回のガルビスは、珍しいケースだ。
「あんた、借金取りに捕まったって聞いたけど?」
「いやあ、それなら必死に働いて、何とか」
そう言ってガルビスは顎を撫でる。レイラさんと目線があったので、俺は肩を竦める。
俺とガルビスは席に座り、とりあえず水を飲んだ。
「それで、話ってのは何なんだ?」
「あ、ああ。実はな、今、わしは縁あってコーラル伯爵の部下の人の元で働いとるんだ」
「はあ」
「借金もおかげでだいぶ減ってはいるんだがな?その……ちょっと、返済を頑張りすぎて、生活費が……」
やっぱりそういうことかこの野郎。しかも顎を撫でているあたり、こいつの言うことに嘘が含まれているのは間違いない。
おそらく返済が進んでいる、というのが嘘なんだろう。あくまで返済は最低限。それで、金が足りなくなり、俺に無心しに来た、というわけだ。
「それでだ。コバ、悪いんだが……少し、金を貸してくれんか?」
俺は溜息をついた。なんで、こんな時にこんなことを頼みに来るのかなあ。バレアカンの冒険者たちを助けたいという気持ちが、薄れてしまうじゃないか。
「聞くところによると、お前、あの筋肉猪を倒したんだろう?それで、たんまり懸賞金をもらったそうじゃないか。それなら、少しくらい……」
「あのなあ……前からだけど、俺はあんたに金は貸さないよ」
俺がそう言うと、ガルビスは水を飲んだ。さすがに、一度断られることは承知済みのようだ。
「ま、まあ、お前もそう思うだろうとは思ったよ。でもな?考えても見てくれよ。あの頃はわしたちは収入がなかった。だから、お互い金の貸し借りなんぞしたくともできなかったろ?でも、今は違う。お前は英雄じゃないか。だったら、昔のなじみを助けるくらい…」
俺は一息に水を飲む。なんだか聞いてて腹が立ってきた。
「……それと、別件なんだが、コーラル伯爵の仕事に協力してくれんか?とある人物を探し出して、伯爵の郊外の別荘に連れて行く、というのが内容なんだが……」
ぴくり、と俺の耳が動く。
間違いなくルーフェの事だろう。
「……詳細は?」
「ああ、領主さまが緘口令を敷いているんだが、お前ならいいだろう。ルーファリンデ・ヴァレリアっていう、金髪の女だよ」
「……それで、何やらかしたんだ?その女」
俺はあえてすっとぼけながら、ガルビスに身を寄らせる。
「実はな、何もしてないんだよ。ただ屋敷から逃げただけ。それで殺せとまで言われているんだから、たまげたもんだよ」
「殺す?なんで」
「そこまでわしは知らんよ。だが、その女もバカだよなあ。せっかく伯爵に見初められたのに、逃げ出すなんて」
この男、間違いなく屋敷で何が行われているか知っている。知ったうえで、このようなことを言っているのか。
「頼むよ、コバ。うまく見つけられれば、報酬を折半してやるから。な?女一人差し出すだけで、金が入るんだから」
無性に腹が立った。だが、わざわざ俺が切れる必要もあるまい。
「……まあ、そっちはなんかあったら言うわ」
俺は水を飲みながら嘘をついた。何があってもこのおっさんに言うつもりはない。
「そ、そうか。それで……その、金の事なんだけど」
「金は貸さねえよ?」
取りつく島のない俺の発言に、ガルビスは凍り付いた。
「な、少しだけ……」
「返ってくる保証もないし、そもそも俺が金を貸さないのはそういうやり取り嫌いだからだよ。ラウルにだって貸したことないんだから」
「お、お前の好き嫌いなんか関係ないだろう!」
ガルビスはにわかに立ち上がる。
「お前が好きか嫌いかなんて関係ないんだよ!わしには金が必要なんだ!仲間は助け合ってなんぼだろ!?」
「……いや、俺ソロだし」
別にラウルみたいに付き合いが長いわけじゃないし、エリンちゃんみたいにちゃんとしているならまだしも、金だけせびってくるやつを今更仲間というのも。
「お前は昔からそうだ!ラウルが目立っていたから知らんが、一人冷めおって!そんなんだから、お前のパーティは長続きせんのだ!」
だんだんと化けの皮がはがれてきたな。こうなるから金の貸し借りはしたくないんだ。
「どうせ、筋肉猪を倒したのもたまたまか!?わしみたいにさえないレンジャーだったお前が、ソロであんな化け物を倒せるものか!あぶく銭なら、わしに貸してもいいだろう!?」
「あのなあ……」
俺が何か言おうとしたとき、ガルビスの肩に手が回った。
「な、なんじゃい!」
そこにいたのは、バレアカンの冒険者たちだった。
それも一人ではない。何人もの冒険者たちが、ガルビスを取り囲んでいる。
「……その辺にしとけよ」
「な、何だと!?」
「そいつがソロで頑張ってたのは、俺らがずっと見てるんだよ。コバの頑張りを、金を貸してもらえないくらいで否定すんじゃねえ」
「お、お前ら、どこから……」
どこからも何も。ここは「空中庭園」だ。常連の集まる店で、大声出せばみんな聞いているに決まっているではないか。
それにしても、そんな風に言われるとは思ってなかったので、ちょっと意外だ。
「……レイラさん、お勘定はあとでいいかい?ちょっと外で話してくるよ」
「はいよ。食い逃げすんなよ?」
「わかってるよ。さあ、行こうぜ」
「ち、ちょっと待て!わしはコバに話が……!!」
「俺らが代わりに聞いてやるよ」
ガルビスは、店から大勢の男たちに引きずられて出て行った。
様子を見ていた女戦士が、俺に目くばせする。
「……男ってのは、どうしてこうもバカなんだろうね。……みんなね、心配してたんだよ。あんたが一人でもやってけるのかって」
「そうなの?」
「でも、あんたは一人であの筋肉猪を倒したんだって聞いて、みんな喜んでたんだから。あんたが入院している間、祝勝会してたんだよ?」
それはそれでどうなんだ。本人いないのに祝勝会って、ただ騒ぎたいだけでは?
「……あんたが王都に行くって、みんな話は聞いているんだよ。寂しくなるけど、いつもみたいにしてやろうってさ。あいつらなりに、仲間だとは思ってるんだよ。パーティは組みたくないけど」
俺は、思わず笑ってしまった。そして、女戦士に言う。
「……パーティなら、こっちから願い下げだ。一人の方が調子いいんだわ」
女戦士は、八重歯を剥きだして笑う。
「なんなら、町を出る前に、一晩ヤっとく?英雄の子ども、欲しいなあ、なんてさ」
「いや、それはいいや」
ふざけ半分のお誘いをやんわりと断り、俺は「空中庭園」を出た。
この町の人は、やはりいい人だ。ガルビスも、金さえ絡まなければもう少し(だと思いたい)マシなのだろう。
やはり、この町を出る前に、コーラル屋敷を何とかしよう。
寒空の中、俺は一人、自分の部屋へと戻った。
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