第37話 潜入!
「例の屋敷の場所?」
ラウルは、素っ頓狂な声を上げた。
屋敷の具体的な場所を知っているのは、俺が知る限りでは領主さまとこいつだけである。ちなみにルーフェは死に物狂いで逃げてきたうえに土地勘もないから、詳しい場所はさっぱりだった。
「そ。領主さまに中調べてきてくれって頼まれちまってなぁ」
「そりゃあ大変だねえ」
ラウルはそう言いながら、重そうな箱を荷車に積み込んでいる。
「でもまあ、お前向きのクエストなんじゃねえの?なにせ「単独行動」だからなぁ」
「ああ、正直そんなにきつくはないと思うんだけどな。用心に越したことはないけどさ」
「ははは。お前らしいわ」
ラウルはそう言って笑っていたが、一転して表情を変える。
「ところでよ。……あれ」
指さす先には、作業の傍ら本を読みこんでいるルーフェの姿があった。
「何してんだ?あれ、魔導書だよな。店の売れ残りの」
魔導書の需要は、主として魔法職にある。当然と言えば当然だが。
魔導書には主に2種類あり、魔法の理論が書いている「魔導論」と、魔法を実際に展開する「魔術書」と分かれている、らしい。
実際俺も、エリンちゃんに教えてもらうまで知らなかったし。
ルーフェが熱心に読んでいるのは、「魔術書」だ。
「買ったのよ。お給料で。安かったし」
こちらの話し声が聞こえていたのか、ルーフェが答えた。
バレアカンの町では、魔法職の需要はかなり多い。どのパーティも、魔法職であればとりあえず加入希望を出しているくらいだ。
つまりは、それだけ魔法職の数が足りていないということでもある。何しろ田舎だから、基本的に肉体労働どんとこいな野郎どもしかいないわけだ。
だから、エリンちゃんやら魔法職をパーティに入れた時は、周りから羨望と嫉妬の眼で見られたもんだ。
「まあ、うちの場合は魔導論なんて売ってないけどな。買うやついねえし」
サイカ道具店は、あらゆる冒険者のニーズにこたえるように商品を仕入れる努力をしている。その結果、魔法職なんてほとんど来ないこの店では、あまり魔導書を仕入れていないのだ。
「魔導論なんて、難しいから読む奴いないしな。簡単な魔法使うなら、魔術書で十分だし
」
それこそ、魔導論を読むと言ったらエリンちゃんのように、魔導学院に進学を希望していたり、この世の真理を知りたい、というような上級者というわけだ。ちなみに、魔導学院では当たり前のように魔導論が読まれているらしい。もはや見ている世界が違う。
「それにしてもよ。なんで魔術書なんで読んでるんだ?」
「冒険者になるためよ」
「はあ!?」
ルーフェの返答に、ラウルは驚いて俺の方を見た。俺は「そういうことだ」としか言うことができない。
「まあ、あくまで一時的だけどね。更新もしないし」
「それって、なんでまた……」
「……私、流されてばかりで悔しいって、そこの人に言わされたのよ。だから、見返してやろうと思って」
彼女はじろりと俺を見る。俺はそれとなく目を逸らした。
「でも、それで冒険者ってのは……てか、職業どうすんだよ?」
ラウルの言いたいことはもっともだ。彼女は華奢だから前衛なんてまず無理だし、レンジャーとしての足の速さもそこまでない。となると、選択肢は一つだ。
「魔法使いに決まってるでしょ。大体おかしいわよ、ちょっと勉強すれば誰でもなれるのに、なんでそんなにいないのよ?」
そのちょっとの勉強ができないから、俺たちみたいな冒険者がたくさんいるんだぞ。
どうやら、ルーフェにとっては勉強すること自体はそこまで苦でもないらしい。曰く、「一人で勉強していれば、お姉さまからいじめられないから」だそうだ。
そして、魔法使いとして、クエストをクリアすることが、当面の彼女の目標となったらしい。「強くなりたい」と言わせたことが、どう行動するかの道しるべになったようだ。
まあ、今の壁にぶつかるには、何かしら戦う手段もあった方がいいだろうし、ルーフェもやる気になっているから、止めなくても大丈夫だろう。
俺は、俺のやることをやるだけだ。
***************************
ラウルに教えてもらった場所に向かうと、随分と豪華な建物が建っていた。
使用目的は「別荘」。これは、領主さま曰く「貴族として、他領地に公務目的で別荘を所有することは認められている」とのことだ。つまりは税金で建っている、ということである。
「……伯爵領民もかわいそうに。女遊びのために造られたって知ったら、どう思うんだか」
俺は遠巻きに、屋敷を見て回る。ラウルの話では、建築工事にかなりの数の冒険者が駆り出されていると聞いていたが、工事も終わっている今、そんなに人はいなさそうだ。
だが、屋敷の周りをうろついている者たちがいる。恰好からして、冒険者だろう。借金で伯爵の駒にされている連中だ。
その表情はみな虚ろで、武器を持つ手にも力が入っていない。ほぼ休みなしで働かされているのかもしれない。
中には見知った顔もいた。バレアカンの冒険者だから、当然と言えば当然だが。そして、どいつもこいつもいつの間にか見なくなった連中である。
ステルス能力が発動していることを確認して、俺は正門へと足を運んだ。
そして、立ち止まった。
屋敷に入ろうとする者が、門の壁に何かをかざしているのを見た。おそらく、通行証だ。
一旦入る前に門から離れ、ためしに門を通すように石ころを投擲する。
門の壁から強い電気の魔法が流れ、石ころはあっという間に炭となって消えた。
けたたましい電撃の音に、虚ろだった見張り達が一斉に目を見開く。
「な、なんだ!?侵入者か!?」
「さがせ!近くにいるはずだ!」
その場にいた全員がはけた後、俺は再び門に近づいた。
一応離れていて正解だったな。しかし、困ったことになった。
門から侵入するには、あの通行証を手に入れる必要があるわけだ。あれがないで入ろうとすれば、たちまち電撃を浴びることになる。
そうなれば、ステルスどころではないだろう。うかつに行くのは危険だ。
おまけに、電撃は屋敷全体を囲うように放たれていた。さすがに、侵入者対策はばっちりか。
となると、あとは誰かが入る時に便乗して入るくらいしか思いつかないな。あの仕組みが解除されてからどのくらいで電撃が流れるようになるかもわからないから、解除した瞬間に飛び込むとか?
そう決めた俺は、門の柱に張り付いて誰かが出てくるのを待った。
少しすると、また見覚えのある男が屋敷から出てくる。こいつも同業だった奴だ。交代で出てきたのか。
内側からも同様のようで、通行証をかざさないと外に出られない仕組みのようだった。
通行証で仕掛けが解除されると同時に、俺は門の間をすり抜ける。電撃は流れなかった。
一息ついて、屋敷の中を覗き込む。
コーラル伯爵もいないし、あまり人はいないらしい。だが、使用人はいるようで、メイドが屋敷内を掃除していた。
そのメイドは、明らかに使用人らしくない淫らな服を着てはいたが。見れば、彼女の顔はやつれてしまっている。
ルーフェの言っていた娼婦扱い、というやつだろう。やっていることは普通に掃除なので、どこか滑稽さすら感じる。
ほかにもああいう女性がいるのだろうか。何とか助けてやりたいが、今は無理だろう。逃げようにも電撃があるし、何より多すぎたら俺一人で助けるのは無理だ。
ひとまず我慢して、屋敷内に入れないかを探る。扉の前で聞き耳を立てると、人の声がする。普通に開ければ気付かれてしまうだろう。
ふと上を見ると、上の階の窓が開いている。そこからならば入れそうだ。
壁をよじ登り、窓に手をかける。
「おっほおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
体を持ち上げた俺が見たのは、肥え太った男がちょうど絶頂を迎えた瞬間だった。
はげた中年の男は、見覚えのある男だ。確か、バレアカンの町組合の役員だったはず。彼の膨らんだ腹の下で、裸の女性が身をよじらせていた。
すごく、嫌なものを見てしまった。向こうはこちらに気づいていないからか、よだれと汗を垂らしてそのまま二回戦目に突入している。まあ、気づかれても困るんだけど。
そのまま音を立てずに部屋に入り、部屋の周りに人がいないことを確認して部屋を出る。
出る前にちらりと中年男の方を見ると、物を出しているのが見えてしまった。
女性の方がひどくつまらなそうな顔をしていたのは、なかば無理やりだから、だけだと思いたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます