第36話 領主様からの裏クエスト
「……まさか、直接お会いいただけるとは思わなかったね」
ドール領領主、ガンマディス・ドールは、紅茶を飲みながら優雅に座っていた。
ただ、座っているのは「空中庭園」の椅子である。出された紅茶もレイラさんに淹れてもらったものだ。
そして、そんな領主さまの前で、座っている女性が一人。
ルーファリンデ・ヴァレリアである。彼女も、領主さまを睨みつけながら紅茶を飲んでいた。
そして、それを厨房から、皿洗いをしながらレイラさんが見つめている。彼女は何かあった時に備えての立会人だ。
現在、「空中庭園」は貸し切りである。実は、この店を貸し切るのにそんなにお金は必要ないのだ。何しろ狭いから。
そして、俺のポケットマネーはクエストやら懸賞金やらで潤沢であった。
「……これは、おそらくコバくんが仕組んだんですね?レイラさん」
「急に覚悟決めた目で来たから、何事かと思ったけどねえ。お金出されちゃ、貸切るしかないでしょ」
領主さまは、ふっと笑って、あたりを見回す。
「姿が見えないが……おそらく、いるんでしょうね」
「うん。ずいぶん前からスタンバってるよ」
ばらすなよ。そう思うが、口には出さない。
俺がいるのは、ルーフェのすぐ後ろの席だ。ただし、「単独行動」スキルを発動させて、姿が見えないようにしている。
領主さまが何か仕掛けてきた時、ルーフェを守るためだ。いつもの俺では心もとないからな。
「……まあ、彼は私個人のクエストをしっかり果たしてくれたわけですから、特にいうことはありませんよ」
「……それは、私をあなたに引き渡す、ということですか?」
ルーフェは口を開いた。
彼女の覚悟は、先日ついに決まった。冤罪を晴らし、故郷に帰り、自分を売った父をぶん殴る。その手伝いの依頼を受けた俺は、まずはこの領主さまに引き会わせることにしたのだ。
依頼を受けていたから、というのもあるが、理由はもう一つある。
「……彼は、良い冒険者ですね。こちらの意図もなんとなくわかっているのかもしれない」
「意図、ですか?」
「コーラル伯爵が独自に暗殺を企んでいる者を、わざわざ私のところに連れてくる必要はありませんよ。本来はね」
そう。これが暗殺を目的としているのなら、殺した後にその証拠を持って来ればいいだけだ。例えば、切り落とした首とか。
筋肉猪と同じ扱いである。だが、領主さまは「私のところに連れてきてほしい」と言ったのだ。
つまり、どういうことか。
「殺すことが、目的ではない、と言いたいのですか?」
「……逮捕、という形をとっているのは、こちら独自の動きです。コーラル伯爵からは、生かしておくなとのお達しでしたよ」
ルーフェの表情が険しくなった。つらつらと物騒なことを言う領主様への怒りか、それともコーラル伯爵への怒りか。あるいは、どちらもだろう。
「……なぜ?」
「コーラル伯爵は、私とは貴族学院時代の先輩後輩の間柄でしてね。昔から、彼は私のことを奴隷扱いしてくる」
そのために、自分の領地に娼館なんて建てさせた。自分が出張先で遊ぶためだけに、ドール領の土地や人工を使うことが、たまらないほどに屈辱だったのだそうだ。
「君が脱走したとき、あんなに焦ったコーラル伯爵は初めて見たよ。正直、胸がすく思いだった」
「は、はあ」
思っていたよりも、しょうもない理由だった。結局は、昔から続く嫌がらせに近い上下関係を何とかしたいから、彼を失脚させたいだけか。
いや、それがこの人にとっては何よりも辛いものなのかもしれないけれど。
(……巻き込まれる身としては、たまったもんじゃねえわな)
俺は溜息をついた。
「……それで、私があなたにお会いしたことで、状況は変わるのですか?」
ルーフェの問いかけに、領主さまは首を横に振った。
「残念ながら。君だけの証言では、彼を糾弾することはできない。私の証言もだ。生半可な証拠では、あの人はもみ消してしまう。それだけの権力があるからね」
「それでは、どうすればよいのですか?」
「おそらく、あの屋敷には、伯爵の裏帳簿がある」
領主さまの眼が鋭く光った。
「あの屋敷こそコーラル伯爵の弱点そのものだ。ならば、すべての弱点をあそこに集めて、警備を徹底させる。何より自分の領地ではないから、捜査の手も及びにくい。そして、彼は私が絶対に裏切らないと踏んでいるはずだ」
「私がその場所を知っていると?」
「少なくとも、コーラル伯爵はそれを恐れている。あなたが知っていようが知るまいが、そんなことはどうでもいい。帳簿の場所を知っていそうな人間が自分の管理下を離れた。それが問題なんです……そこで」
領主さまの視線が、ルーフェから離れた。あちこち視点を定めずに話し始める。つまりは、どこにいるかわからない俺に言っているのだろう。
「彼の屋敷について、調べてもらいたいのだが。このクエストはギルドに通した方がいいかな?」
「やめときなよ。ギルバートの胃がはじけ飛ぶから。あいつ、もう年だから、胃腸弱ってんだよ?追い打ち掛けてやるなよ
呆れたようにレイラさんが言う。それに領主さまは苦笑いした。
「ああ、ちなみにレイラさんは、こういう依頼を受けてはくれない。彼女は、あらゆる事象に関して、ほぼ不干渉だからね」
つまりは、干渉さえしてしまえば何もかも何とか出来てしまうということか。まあ、何となくわかるけど。この人、絶対王様とかとも顔見知りだぞ。
「だから、君に何とかしてもらいたい。できるかな?」
俺は、持っていた短剣を机に突き立てた。その音で、俺のステルスは解ける。領主さまとルーフェたちが、俺の方を見た。
「……まあ、元々受けている依頼のついででいいなら、受けるよ」
「そういうことにしてくれていい。……あと、気を付けたまえ。コーラル伯爵が、近いうちにうちの領地に来るという連絡があった」
それまでに、屋敷に忍び込んだ方がいいかもしれない、そう言い残し、領主さまは店を出て行った。
「……なるほどな。あんまり時間もねえか」
呟いた俺の肩に、ポンポンと叩く手がある。
振り返ると、レイラさんがものすごい笑顔で俺を見ていた。
彼女の指が示す先には、短剣を突き立てられた机が一つ。
短剣がクリティカルヒットしたのか、机が真っ二つに切れ落ちてしまった。
「弁 償 ね ?」
にこやかな笑顔の裏に、とんでもない化け物が見える。
この国で怒らせてはいけないのは、コーラル伯爵でも領主様でもない。
この食堂のおばちゃんだということを、俺は再認識する羽目になった。
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